「比叡 (戦艦)」の版間の差分

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西田艦長が[[戦闘詳報]]の草稿として作成したメモ(作成日は第三次ソロモン海戦から一週間後の11月20日)には、「雪風に収容された後、GF司令部から「比叡の処分待て」の命令があり、それならば比叡に帰還すべきと申し出たが許されず、遂に比叡をそのままにして海域を離れた」とあり、比叡の雷撃処分は実行されていないと記録されている<ref>[[#悲劇の艦長]]p.188-194</ref>。雪風の水雷員兼暗号担当<ref>[[#よもやま物語]]163頁</ref>や、同じく比叡を護衛していた照月主計長<ref>[[#海軍主計大尉]]103頁</ref>も連合艦隊からの命令により駆逐艦による比叡の雷撃処分は中止されたと証言しており、これらの証言は第十一戦隊戦闘詳報の記録とも合致している。
 
午後5時、駆逐艦5隻(雪風、照月、時雨、白露、夕暮)は、ガ島飛行場砲撃にむかう外南洋部隊支援隊(指揮官[[西村祥治]]第七戦隊司令官)<ref group="注釈">西村祥治少将指揮下の外南洋部隊支援部隊は、重巡洋艦[[鈴谷 (重巡洋艦)|鈴谷]](第七戦隊旗艦)、重巡洋艦[[摩耶 (重巡洋艦)|摩耶]]、軽巡洋艦[[天龍 (軽巡洋艦)|天龍]]、駆逐艦(夕雲、風雲、巻雲、朝潮)。</ref>と同士討ちすることを避けるため、比叡の傍を離れてサボ島西方に退避した<ref>[[#11戦隊詳報(5)]]p.49</ref><ref name="叢書(83)375">[[#叢書83ガ島戦]]p.375</ref>。放棄時の比叡は右に15度傾斜し、艦尾も沈下していた<ref name="叢書(83)375" />。午後11時ごろ雪風達が戻ると比叡の姿は既になく{{refnest|[[#高松宮日記5巻]]、220頁<ref group="注釈">『〔欄外〕「雪風」等一旦離隔後、二三〇〇頃再ビ駆逐艦五ニテ引キカヘシ捜索セルモ、「比叡」ヲ認メズ。』</ref>}}、沈没したものと判定された<ref>[[#吉田比叡]]p.270、[[#11戦隊詳報(5)]]pp.18,46</ref>。また、同じく比叡が沈んだかどうかの確認と{{refnest|[[#高松宮日記5巻]]、220頁<ref group="注釈">『◎聯合艦隊司令長官(一三-二一三六)一、第十一戦隊司令官ハ「比叡」ヲ其儘トシ、乗員ヲ収容、適宜離脱セヨ。/二、先遣部隊指揮官ハ明日以後、潜水艦一ヲシテ昼間之ガ監視ニ任ゼシムベシ。』</ref>}}、沈んでいない場合に雷撃処分を行うべくショートランドに向かっていた[[伊号第十六潜水艦|伊16]]も比叡が放棄された海域に到着したが、やはり比叡の姿を見つけることはなかった。比叡の戦死者は188名、負傷者は152名だった<ref>[[#吉田比叡]]p.260</ref>。比叡に勤務して『最も好きな軍艦の一つ』としている吉田俊雄は<ref>[[#吉田比叡]]p.272</ref>著作で「比叡の最期は、しかし、たいへん後味の悪いものであった」と述べている<ref>[[#吉田比叡]]p.278</ref>。[[佐々木彰 (海軍軍人)|佐々木彰]]連合艦隊参謀(海軍中佐、海兵51)による比叡沈没状況は以下の通り
 
{{quotation|○「比叡」ノ話(佐々木中佐)「サボ」島ノ南カラ進入シテユクトキ、「長良」ハ一一三〇前カラ二度程「敵艦」ヲ見テヰタガ、味方第四水雷戦隊ガ先路掃蕩スル筈ダツタノデ ― 実ハ進入前「スコール」ノタメ反転シタノデ殆ンド第十一戦隊ト並ニナツテヰタ ― 味方ト思ヒ報告セズ、一一四〇頃ヤツト報告シタ。ソノ頃「比叡」デモ右前方ニ敵艦数隻ヲ見テ砲戦、照射シ、忽チソノ先頭巡洋艦ヲ撃沈シタ。敵艦ハ巡洋艦数隻、駆逐艦四隻位デ、ヤツト行進ヲ起シタ位ノ微速ダツタ《電報見テヰテノ感ジハ、マルデ敵ガ[[サボ島沖海戦|第六戦隊ノトキ]]ノ様ニ待ツテヰテ、先キニ打チ出シタ様ダト思ツタガ、ヤハリ先キニ見ツケテヤツテヰタ{{small|〔行間書込〕照射ト仝時ニ敵発砲。発砲ハ敵ガ先キデアツタ》}}。ソノ後、敵ノ砲撃コトニ機銃弾デ艦橋ヲヤラレテ、鈴木正金参謀モ戦死シ火災トモナツタ。ソレデ舵ヲヤラレタ。ソノトキハ機械モ缶モ支障ナク取舵ニ廻ツテヤツト「サボ」島ニ向ツタガ、ヤツト機械デ舵ヲオサヘテ外ニ出タ。{{small|〔行間書込〕舵取機械室、機械室トニハ直通電話デノミ連絡ス。最大俯角附近ノ関係上、昼戦艦橋ヲ使用。羅針艦橋以下ニ中小口径弾五十数発命中ス。敵駆逐艦ヲ右舷近ク発見、取舵ニ回避ノ後、敵弾舵機室上方区劃ニ命中、満水、通風筒ヨリ舵機室ニ浸水ス。取舵ノマヽ「サボ」島ニ向首近接シ、後進デ止メタガ、其ノ後シバラク後進ニテ「ツラギ」ノ方ヘ進ンデ行ツタコトニナツタ。ソノ後、舵ガナガレ艦首ヲ立テナホシテハ機械ヲカケルト今度ハ面舵ニ回ル様ニナツタ。}}翌日ノ午前ノ爆撃機ノ爆撃デモ大シタ事ナク缶ガ少シヤラレ、速力ガ出ナクナツタ位デ、舵ヲ修理シ午頃ナホリカケタ処ニ[[雷撃機]]ガキテ[[魚雷|二本]]命中シテ動ケナクナツタ。コノトキ[[第二航空戦隊]]ノ[[艦上戦闘機|艦戦]]ガヰタノダガ、[[爆撃機]]ガキタリシタノデ雲ノ上ニ出テヰテ雲下ノ雷撃機ヲシラズ、下ニ出タトキニハヤラレテヰタ。ソノ前ニ、〇四三〇頃「サボ」島ノ東北ニ出テキタ敵[[ブルックリン級軽巡洋艦|ホノルヽ型乙巡]]ヲ後部砲塔デ、砲側照準ニテ三斉射デ沈メテヰル。曳航{{small|〔行間書込〕ヨリモ後部ノ浸水遮防ガ一二〇〇頃ニハ故障シアリトテ}}舵修理トカデ速力ヲオトシテヰタコトモアツタデアラウガ、魚雷ガ致命傷トナツタ。{{small|〔行間書込〕右舷機械使用不能トナリ右舷傾斜ス。}}十四日ノトキモ「霧島」ハ先キニ敵ヲ見テヰルノ<ruby><rb>デハ</rb><rt>ママ</rt></ruby>電報デハヤラレタバカリデ、コツチガヤツタト云フ事ガ少シ〔空白〕<br/>〔余白書込〕第十一戦隊司令部、〇五五〇頃「雪風」ニ移ル。一三三〇~一六〇〇駆逐艦ヨリ短艇ニテ総員退去ヲ収容ス。駆逐艦横付ハ敵空襲下ニ不可能ナリキ。|高松宮日記 第五巻 244-248ページ(昭和17年11月25日記事)}}
 
翌日、金剛型4番艦[[霧島 (戦艦)|霧島]]も[[#第三次ソロモン海戦#11月15日第2夜戦|11月15日第2夜戦]]に参加し、同艦より30年も新しい[[ノースカロライナ級戦艦]][[ワシントン (BB-56)|ワシントン]] (''USS Washington, BB-56'')、[[サウスダコタ級戦艦 (1939)|サウスダコタ級戦艦]][[サウスダコタ (戦艦)|サウスダコタ]] (''USS South Dakota, BB-57'')と交戦、砲撃戦の末に沈没した<ref>[[#連合艦隊戦艦12隻を探偵する]]105-107頁</ref>{{refnest|[[#高松宮日記5巻]]、207頁(昭和17年11月13日金曜日)<ref group="注釈">『(中略)「比叡」1015/13敵爆撃機二〇攻撃1230/13敵雷撃機一〇攻撃、1600/13乗員駆逐艦ニ収容。0720/14「千歳」機「比叡」ヲ認メズ。「霧島」2112/14砲戦開始、0125/15沈没。』</ref>}}。[[金剛型戦艦]]は一度の海戦で4隻中2隻を喪失した{{Sfn|野村實|1988|pp=115-117|ps=ガ島飛行場は必要だったか}}。
* <!-- タカマツミヤ1991-03 -->{{Cite book|和書|author=「高松宮宣仁親王」伝記刊行委員会編|coauthors=|authorlink=|date=1991-03|title=高松宮宣仁親王 {{small|自明治三十四年至大正二年}}|chapter=|publisher=朝日新聞社|ISBN=4-02-256278-1|ref={{SfnRef|高松宮宣仁親王伝記|1991}}}}
* {{Cite book|和書|author=[[高松宮宣仁親王]]著|coauthors=[[嶋中鵬二]]発行人|title=高松宮日記 第一巻 {{small|大正十年一月一日〜昭和七年十二月三十一日}}|publisher=中央公論社|year=1996|month=3|ISBN=4-12-403391-5|ref=高松宮日記1巻}}
*{{Cite book|和書|author=[[高松宮宣仁親王]]著|coauthors=[[嶋中鵬二]]発行人|title=高松宮日記 第五巻 {{small|昭和十七年十月一日~昭和十八年二月十一日}}|publisher=中央公論社|year=1996|month=11|ISBN=4-12-403395-8|ref=高松宮日記5巻}}
* {{Cite book|和書|author=[[千早正隆]]|year=1990|title=日本海軍の驕り症候群|publisher=プレジデント社|isbn=4-8334-1385-X|ref=海軍驕り}}
* {{Cite book|和書|author=[[豊田穣]]|year=1977|month=4|title=四本の火柱{{small|比叡・霧島・金剛・榛名}}|publisher=毎日新聞社| ASIN: B000J8UKXU |ref=四本火柱}}
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