「イタリア社会党」の版間の差分

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総選挙後、ルニオーネが諸政党を統合して「イタリア民主党」を結党する構想を発表すると「[[バラを握り締めて (イタリア)|バラを握り締めて]]」のメンバーらを中心にボセッリを書記長とする[[イタリア社会党 (2007-)|イタリア社会党]]の再結党が宣言された。2008年、再結党されたイタリア社会党は民主党への合流を拒否して単独で戦い、全議席を喪失した。ボセッリは書記長を退任し、民主党との協力路線に切り替えられた。2013年、左派連合の一員として3名の下院議員と4名の上院議員が当選し、久しぶりに議席が復活した。
 
== 党史年表 ==
*[[1881年]] - {{仮リンク|イタリア革命社会党|en|Italian Revolutionary Socialist Party}}が[[リミニ]]で結党。
*[[1882年]] - {{仮リンク|イタリア労働党|en|Italian Labour Party}}が[[ミラノ]]で結党。
*[[1994年]] - ベッティーノ・クラクシ元書記長がチュニジアに亡命。同年の総選挙で大敗を喫し、解党が決議。
*[[2008年]] - 後継政党の一部が合流して[[イタリア社会党 (2007-)|イタリア社会党を再結党]]。
 
== 党勢の推移 ==
=== 下院 ===