「青島幸男」の版間の差分

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テレビ業界で当初は[[放送作家]]として成功し、[[高度経済成長|高度成長期]]を歌った「[[スーダラ節]]」を作詞する。[[クレージーキャッツ]]主演の映画はもとより、『[[若大将シリーズ]]』などでも映画の主題歌を作詞した。主演したドラマ『[[いじわるばあさん]]』では国民的キャラクターとして定着し、小説を執筆すれば処女作『[[人間万事塞翁が丙午]]』が[[直木賞]]を受賞するなど、多才の人として知られ、「'''超マルチタレント'''」と呼ばれた。[[タレント政治家]]としても高い人気を誇り、参院選2期目以降は、選挙期間中に[[選挙公報]]作成と[[政見放送]][[録画]]以外の[[選挙運動]]を一切せずに当選し続けたことなどが注目された<ref group="注">1995年の都知事選ではそれ以外に[[選挙ポスター]]貼りは行っているが、組織不足及び慣れていないため選挙終了まで全部を貼りきれなかった。</ref>。
 
一方で[[東京都知事|都知事]]時代に行政運営に失敗し1期で退任、世論の支持を一気に失い落選を繰り返すなど、晩年は一転して不遇であった。
 
== 経歴 ==
[[2001年]]、第二院クラブ代表に復帰。[[第19回参議院議員通常選挙]]に比例区から出馬するも落選。
 
[[2004年]]の[[第20回参議院議員通常選挙]]に[[東京都選挙区]](定数4)から無所属で出馬する。ポスターには「選挙にも行かないでがたがた抜かすんじゃねぇこの野郎!!青島だぁ文句あるか!?」の極めて挑発的なフレーズを掲げ、自らがかつて作詞した「ドントどんと節」の選挙版替え歌(セルフパロディ)を陽気に3回も熱唱し、歌の合間に政見を少し話すという極めて異色な政見放送を行う<ref>{{Cite web |url=http://h16-san-in-sen.tripod.com/ |title=平成16(2004)年 第20回参議院議員通常選挙 政見放送再録 |accessdate=2017-11-29}}</ref>。596,272票を獲得したが、次点で落選した。青島はこの年の参議院選挙での落選を最後に、事実上政界を引退することとなった。
 
[[2006年]][[12月20日]]午前9時31分、[[骨髄異形成症候群]]のため死去。74歳だった。叙・[[正四位]]、[[旭日重光章]]受章。[[戒名]]は廉正院端風聚幸大居士。[[上皇明仁|天皇陛下]](当時)から、一般の[[香典]]にあたる[[祭粢料|祭祀料]]を下賜される。都の職員100人以上がボランティアとして通夜・葬儀を手伝った。葬儀には盟友である[[植木等]]も参列したが、植木もこの時すでに[[肺気腫]]によって体調を崩しており、酸素吸入器を付けなければならない状態だった。植木にとっても、これが公の場で見せた最後の姿となる。なお、植木は青島の後を追うように、青島の告別式からちょうど3カ月後の[[2007年]][[3月27日]]に死去している。
 
==人物==
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