「ザ・ビーチ・ボーイズ」の版間の差分

その後もメンバー同士で、さまざまな理由で互いに訴訟合戦を繰り広げながら、音楽上の交流は若干ながら続いていた。しかし、バンドとしてのビーチ・ボーイズにとって最大の悲劇が起こる。演奏面での実質的なリーダーだったカール・ウィルソンが肺癌で[[1998年]][[2月6日]]に死去したのだ。これで、ブライアンを除くメンバー間に残っていた結束も失われてしまった。マイク・ラヴとブルース・ジョンストンは、ブライアンの承認を得て「ザ・ビーチ・ボーイズ」の名前を引き継ぎ、主にライヴを中心に精力的に活動するようになった。アル・ジャーディンは、ブライアンの娘たちや、自分の息子などとともに「アラン・ジャーディン・ファミリー&フレンズ」というバンドを結成し、他のメンバーとは離れていった。ユージン・ランディの影響から脱したブライアンのソロ活動も徐々に軌道に乗りはじめた。彼を尊敬する[[ワンダーミンツ]]やジェフリー・フォスケットなどのミュージシャンによるサポートを受けて、ビーチ・ボーイズ時代の作品や当時レコーディングに失敗した多くの作品にふたたび命を与えるライブを行う。そして2004年には37年越しに『スマイル』を完成させファンを狂喜させた。
 
事実上3派に分裂し、別々に活動してきた[[1998年]]以降も、現存するビーチ・ボーイズの3人のオリジナル・メンバーは、今なおブラザー・レコードの共同経営者であることに変わりはなく、過去の音源や映像のリリースに関する発言権や決定権を有している。また、各メンバーのツアー開催地や開催日程がバッティングしないよう、各メンバーの代理人、時にはメンバー本人間のミーティングは続けられた。ブライアンやアルにとって、正式に脱退してしまうと、相対的に現在ビーチ・ボーイズの名義を使用しているマイク・ラブの発言権が最も大きくなってしまったうからである
 
=== 和解 ===