「アフガニスタン日本人拉致事件」の版間の差分

 
===殺害===
その後、駆けつけたアフガニスタン政府の警備隊とターリバーンとの間で激しい銃撃戦が繰り広げられ、拉致された伊藤は午後2時から3時の間に銃で攻撃され[[死亡]]したと見られる<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080827-4066805/news/20080829-OYT1T00106.htm 武装4人が待ち伏せ、拉致当日に殺害…事件の経緯判明] 読売新聞 2008年8月29日</ref>。また、27日に駐アフガニスタン[[アメリカ軍]]も巡回中、ターリバーンらしき人物を専用ヘリコプターで追跡したが見失った。
 
アフガニスタン政府に逮捕された容疑者は動機について「金目当てで犯行を決意した」と供述した。そして、伊藤が殺害された日本人の状況を詳しく語っており「政府警備隊が来たので、日本人=伊藤を殺さざるを得なくなった<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080827-4066805/news/20080828-OYT1T00402.htm 殺害状況に食い違い…アフガン内務省とタリバン関係者] 読売新聞 2008年8月28日</ref>「(殺害された日本人伊藤は) 別のターリバーンメンバーが殺害した」と話した<ref>[http://www.asahi.com/special/08019/TKY200809100142.html 「殺すのか」何度も質問 アフガンで容疑者語る] 朝日新聞 2008年9月10日</ref>。
 
ペシャワール会代表の[[中村哲 (医師)|中村哲]]医師は、2008年8月28日に[[カーブル|カブール]]で開かれた会見において「拉致された日本人(伊藤)は、車でナンガルハール州近くを巡回する際にターリバーン4人の待ち伏せに合い、襲撃された」と発表した<ref>[http://www.yomiuri.co.jp/feature/20080827-4066805/news/20080829-OYT1T00106.htm 武装4人が待ち伏せ、拉致当日に殺害…事件の経緯判明] 読売新聞 2008年8月29日</ref>。これに対してターリバーンのムジャヒド広報官は拉致を認め、「この[[非政府組織]]が住民の役に立っていたことは知っている。しかし、(ターリバーンの見解からすると) 住民に[[西洋文化]]を植え付けようとする[[スパイ]]だ。そして、全ての[[外国人]]がアフガニスタンを出るまで殺し続け、日本のように部隊を駐留していない国の援助団体でも、我々は殺害を続ける」と声明を発表した<ref>[http://www.chunichi.co.jp/hold/2008/afuganrati/CK2008082802000197.html 【アフガン邦人拉致】タリバンが殺害認める 中日新聞 2008年8月28日]</ref>。
 
===影響===