「チェチーリア・バルトリ」の版間の差分

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ほとんどのオペラ歌手とは違って、バルトリは20代はじめで名声を得た。通常は声の成熟は30代になって達成されると言われるが、例外的である。1985年、19歳のときにバルトリはイタリアのテレビのタレントショーに出演した。指揮者の[[リッカルド・ムーティ]]は、彼女を見て[[スカラ座]]のオーディションに招いた。数年後、[[ヘルベルト・フォン・カラヤン]]は1990年のザルツブルク・イースター祭に彼女を招いたが、カラヤンが死去したため実現しなかった。同じ時期に、フランスのテレビで[[マリア・カラス]]に捧げた番組に出演したバルトリを見て、[[ダニエル・バレンボイム]]も彼女に注目している。
 
バレンボイムや[[ニコラウス・アーノンクール]]と共演しながら、バルトリはモーツァルトのオペラの役に集中し、国際的なキャリアを積んだ。1988年、ロジーナを演じた[[セビリアの理髪師]]を録音。1990年には、カラヤン指揮で[[ヨハン・ゼバスティアン・バッハ|バッハ]]のミサ曲ロ短調に参加。それから急速に活動を広げた。
 
1996年、バルトリは[[コジ・ファン・トゥッテ]]のデスピーナ役で[[メトロポリタン歌劇場]]へのデビューを果たし、翌年には同劇場で[[チェネレントラ]]の主役を歌った。洞窟のようなメトロポリタン歌劇場は世界最大のオペラハウスであり、バルトリが声量を上げるために密かにマイクを仕込んだのではないかという憶測が広がったが、劇場の支配人はそうした噂を断固として否定した。出演が絶賛を受けた結果、チェネレントラの役はバルトリと結び付けられて語られるようになった。