「天児民和」の版間の差分

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==経歴==
[[神戸市]]出身。1926年[[九州大学|九州帝国大学]][[医学部]]入学、1930年[[九州大学|九州帝国大学]][[医学部]]卒業、1931年[[九州大学|九州帝国大学]][[医学部]]整形外科教室入局、神中正一教授に師事。1936年ドイツ留学(ライプッチヒ大学整形外科学教室)、同年開催の[[ベルリンオリンピック]]の嘱託医師などを務め、1936年[[医学博士]]、九[[准教授|助教授]]、[[軍医]]をへて、1945年[[新潟医科大学 (旧制)|新潟医科大学]][[教授]]、1949年新潟大学医学部付属病院長。1950年[[九州大学]]医学部整形外科教授、1958年九州大学医学部付属病院院長、1960年九州大学医学部長をへて1969年[[定年]][[退官]]、[[名誉教授]]。1969年-1980年[[九州労災病院]]長<ref>『現代日本人名録』1987年</ref>。
 
==業績==
 
==著書==
*『佝僂病と骨骼変形』[[金原出版]] 日本整形外科叢書 1954
*『整形外科臨床40年』金原出版 1969
*『無常迅速』[[林道雄]]共著 [[西日本新聞社]] 1980
 
===共編著===
*『整形外科学概説』編 南山堂 1968
*『骨・関節X線診断図譜』全3巻 編 金原出版 1968
*『無常迅速』[[林道雄]]共著 [[西日本新聞社]] 1980
 
===翻訳===
475

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