「クレオパトラ4世」の版間の差分

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{{基礎情報 君主の正配
'''クレオパトラ4世'''({{lang|el|Κλεοπάτρα Δ'}}、? - [[紀元前112年]])は、[[古代エジプト]]、[[プトレマイオス朝]]の[[ファラオ]]・女王(在位[[紀元前116年]]-[[紀元前115年]])。父は[[プトレマイオス8世|プトレマイオス8世フュスコン]]、母は[[クレオパトラ3世]]。[[プトレマイオス9世|プトレマイオス9世ラテュロス]]の姉妹・妻。その後、[[セレウコス朝|シリア]]王[[アンティオコス9世|アンティオコス9世キュジケノス]]の妻となる。
| 人名 = クレオパトラ4世
| 各国語表記 = Κλεοπάτρα Δ'
| 正配称号 = [[プトレマイオス朝]]の[[ファラオ]]・女王<br>[[セレウコス朝]]シリアの王妃
| 画像 =
| 画像サイズ =
| 画像説明 =
| 在位 = [[ファラオ]]:紀元前116年 - 紀元前115年<br>シリア王妃:紀元前113年 - 紀元前112年
| 戴冠日 =
| 別称号 =
| 全名 =
| 別称 =
| 出生日 =
| 生地 =
| 死亡日 = [[紀元前112年]]
| 没地 =
| 埋葬日 =
| 埋葬地 =
| 結婚 =
| 配偶者1 = [[プトレマイオス9世|プトレマイオス9世ラテュロス]]
| 配偶者2 = [[セレウコス朝|シリア]]王[[アンティオコス9世|アンティオコス9世キュジケノス]]
| 配偶者3 =
| 子女 = [[アンティオコス10世|アンティオコス10世エウセベス]]
| 氏族 =
| 家名 = [[プトレマイオス朝]]
| 父親 = [[プトレマイオス8世|プトレマイオス8世フュスコン]]
| 母親 = [[クレオパトラ3世]]
| 宗教 =
| サイン =
}}
'''クレオパトラ4世'''({{lang|el|Κλεοπάτρα Δ'}}、? - [[紀元前112年]])は、[[古代エジプト]]、[[プトレマイオス朝]]の[[ファラオ]]・女王(在位[[紀元前116年]] - [[紀元前115年]])。父は[[プトレマイオス8世|プトレマイオス8世フュスコン]]、母は[[クレオパトラ3世]]。[[プトレマイオス9世|プトレマイオス9世ラテュロス]]の姉妹・妻。その後、[[セレウコス朝|シリア]]王[[アンティオコス9世|アンティオコス9世キュジケノス]]の妻となる。
 
== 生涯 ==
クレオパトラ4世はキプロス島へ逃れて挙兵し、シリア王に名乗りをあげた[[アンティオコス9世|アンティオコス9世キュジケノス]]と結婚した。キュジケノスとクレオパトラ4世は[[アンティオキア]]を占領し、王位を奪取したが、キュジケノスのライバル・[[アンティオコス8世|アンティオコス8世グリュポス]]はキュジケノスを撃破してアンティオキアを奪回し、クレオパトラ4世は捕らえられて処刑された([[紀元前112年]])。この際、グリュポスの妻でクレオパトラ4世の姉妹である[[クレオパトラ・トリュファイナ]]が、夫に彼女の処刑を要求したと伝えられる(トリュファイナ自身も翌年、キュジケノスに捕らえられて処刑された)。
 
クレオパトラ4世とキュジケノスの子が[[アンティオコス10世|アンティオコス10世エウセベス]]であり、エウセベスは[[クレオパトラ・セレネ1世|クレオパトラ5世セレネ]]と後に結婚した([[紀元前95年]])
 
{{プトレマイオス朝ファラオ}}