「ヨシヤ」の版間の差分

タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
後のユダヤ人もヨシヤがなぜこのような事をしたのかよく分からなかったらしく、フラウィウス・ヨセフスは『[[ユダヤ古代誌]]』第X巻5章1節で「(ヨシヤの行動理由は)運命の女神<ref>原文は[[テュケー]]、信仰対象的なものというより運命の擬人化。</ref>が彼を滅ぼす口実にしたと思われる」と説明になってない説明をしている<ref>フラウィウス・ヨセフス 著、秦剛平 訳『ユダヤ古代誌3 旧約時代編[VIII][XI][XI][XI]』株式会社筑摩書房、1999年、ISBN 4-480-08533-5、P250。</ref>。
 
== 死後のユダ王国 ==
メギドでのヨシヤの死後、一度はヨシヤの子[[ヨアハズ (ユダ王)|ヨアハズ]]が即位したが、戦の帰り道に立ち寄ったネコ2世はヨアハズを廃位してヨアハズの兄弟エホヤキムを新しい王にした。ヨシヤの死により彼の行なっていた改革の殆どは無に帰した。また、ヨシヤの敗北により、ユダ王国の完全独立は再び失われ、エジプトに金銀を納めさせられる従属国となった<ref>『列王記(下)』第23章と『歴代誌(下)』第36章</ref>。その後、エジプトを[[カルケミシュの戦い]]で撃破した[[新バビロニア王国]]の従属国になったが反逆して、2度の[[バビロン捕囚]]を経てユダ王国は滅亡した。ヨシヤの死から約20年後のことである。
 
匿名利用者