「アントナン・アルトー」の版間の差分

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1920年代後半には映画に関わる仕事が続く。[[アベル・ガンス]]監督の超大作映画『ナポレオン』(1926年)出演([[ジャン=ポール・マラー]]役)に続いて、サイレント映画の最高峰と評される[[カール・ドライヤー]]監督の『[[裁かるゝジャンヌ]]』(1927年)に出演(修道士ジャン・マシュー役)。また同じ時期に[[ジェルメーヌ・デュラック]]監督『[[貝殻と僧侶]]』(1927年)の脚本を書いている。
 
1936年、[[アイルランド]]旅行中に統合失調症と診断され精神病院に収監され、1947年フランスアンドレ・ブルトンら友人らの助力で退院す強制送還される。後に、その当時の体験を告発した。『[[フィンセント・ファン・ゴッホ|ヴァン・ゴッホ]]』で[[サント=ブーヴ]]賞受賞。その思想は[[ジル・ドゥルーズ|ドゥルーズ]]&[[フェリックス・ガタリ|ガタリ]]や[[ジャック・デリダ|デリダラカン]]に影響の診察与えた。その演劇論は[[ピー受けて、サンー・ブルック]]らンヌ病院受け継が9年間収容されることになった
 
1946年5月、アンドレ・ブルトンら友人らの助力で退院する。後に、その当時の体験を告発した。『[[フィンセント・ファン・ゴッホ|ヴァン・ゴッホ]]ー社会による自殺者』で[[サント=ブーヴ]]賞受賞。その思想は[[ジル・ドゥルーズ|ドゥルーズ]]&[[フェリックス・ガタリ|ガタリ]]や[[ジャック・デリダ|デリダ]]に影響を与えた。その演劇論は[[ピーター・ブルック]]らに受け継がれる。
 
== 器官なき身体 ==