「ラーマ10世」の版間の差分

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== 略歴 ==
[[ファイル:House of Mahidol 1966 (2).jpg|thumb|1966年撮影]]
[[1952年]]、ラーマ9世国王とシリキット王妃の[[長男]](第2子)として[[王宮 (バンコク)|王宮]]で生まれた。幼少期は[[バンコク]]で学んだが、[[1966年]]から[[イギリス]]へ渡り、キングスミード校およびミルフィールド校([[サマーセット]])で学んだ。[[1970年]]には[[オーストラリア]]に渡り、キングス校([[シドニー]])で陸軍予科課程を修めた。[[1972年]]には太子としての名称、ソムデットプラボーロマオーラサーティラートチャオファー・マハーワチラーロンコーン・サヤームマクットラーチャクマーン({{lang|th|สมเด็จพระบรมโอรสาธิราช เจ้าฟ้ามหาวชิราลงกรณ สยามมกุฏราชกุมาร}})を父王より付与され、王位継承権を得た。
 
[[1972年]]には再びオーストラリアに渡りダントルーン陸軍士官学校([[キャンベラ]])で学ぶ傍ら、[[スコータイ・タンマティベート大学]]で[[人文学]]を修めた。[[1975年]]に帰国し、[[タイ王国陸軍]]の頭脳として陸軍内での役職が与えられたが、翌年1月から再びオーストラリアに渡り8ヶ月間軍事を学んだ。[[1978年]]にはラーマ9世の親衛隊として働くが、同年には[[タイの仏教]]の伝統に従い、一時的に職を辞して出家している。
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