「慶應義塾志木高等学校」の版間の差分

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{{日本の高等学校
|校名 = 慶應義塾志木高等学校
|画像 = [[ファイル画像:Keio Shiki Main Entrance.jpg|270px|慶應義塾志木高等学校の正門]]
|過去校名 = 慶應義塾農業高等学校
|国公私立 = [[私立学校]]
 
== 略歴 ==
[[ファイル画像:Matsunaga Anzaemon statue.jpg|170px|thumb|松永安左ェ門君像]]
[[1944年]]、慶大日吉キャンパス内に'''[[慶應義塾獣医畜産専門学校 (旧制)|慶應義塾獣医畜産専門学校]]'''が開設された。当初は大学[[農学部]]を置く予定であったが、戦時下での政府の方針などから[[旧制専門学校|専門学校]]に縮小された経緯がある。戦後、[[アメリカ軍]]により日吉キャンパスが接収された時期があり、[[川崎市]][[蟹ケ谷]]の[[旧海軍]]東京通信隊の施設を借用して授業を再開したが、[[1947年]]に塾員の[[松永安左エ門]]から[[東邦電力]]東邦産業研究所跡地の寄贈を受けて転した。[[1948年]]、[[学制改革]]により'''慶應義塾農業高等学校'''へ転換、[[1957年]]に[[普通科 (学校)|普通科]]高校へ転換し、系列大学への無試験進学が認められた。
 
=== 年表 ===
*[[1944年]]  慶應義塾の大学[[農学部]]を設置しようとするが、戦時下での政府の方針により慶應義塾獣医畜産専門学校設立(日吉)
*[[1945年]]  川崎市蟹ケ谷に移転 
*[[1947年]]  東邦電力の東邦産業研究所敷地を松永安左エ門が慶應義塾に寄贈
*[[1948年]]  慶應義塾農業高等学校が開校
*[[1957年]]  [[普通科 (学校)|普通科]]高校に転換し、慶應義塾大学と高大一貫教育を開始
*[[2001年]]  メディア棟、新・去来舎竣工
 
== 環境 ==
[[ファイル画像:Keio Shiki Field.jpg|250px|thumb|校内の畑と田んぼ]]
校内の敷地は広大(32529坪)で、武蔵野の面影を伝える樹林や竹林があり、埼玉県の準絶滅危惧種である[[カタクリ]]が生育するなど植生が豊かである。校内には池が3か所、水田が1か所あり、[[ヒキガエル]]、[[アマガエル]]、[[カルガモ]]などが繁殖している。池の周辺では、カルガモの雛を狙う[[アオダイショウ]]の姿もよく観察される。まれに[[タヌキ]]、[[モグラ]]なども見かける。学校周辺は完全に市街地化しているため、校内のタヌキは遺存的な個体群であり、貴重なものである。自然度が高いため[[オオスズメバチ]]が生息しており、近年駆除を行ったが未だに校内でよく見られる。志木市天然記念物に指定されている[[チョウショウインハタザクラ]](長勝院旗桜)が敷地内に植樹されている。近年、生物部が飼育していた[[モリアオガエル]]が逸出し、定着した。産卵期には校内の池で卵塊を観察できる。
 
* [[三田完]](小説家)
* [[山口貴士]](弁護士)
* [[塩澤修平]](慶大経済学部長、教授)[[東京国際大学]]学長<!--
<!-- * 戸山芳昭(慶應義塾常任理事、元慶應病院院長 --><!-- 独立記事未作成 -->
* [[岡野栄之]](慶大医学部教授、生理学、再生医学の第一人者、平成10年北里賞)
* [[岡田英史]](慶大理工学部長、教授)
 
== 関連書籍 ==
*慶應義塾 編『慶應義塾豆百科』慶應義塾大学出版会、1996年
*慶應志木会『慶應志木会会報』vol.12、1994年
 
 
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[[Category:学校記事]]
[[Category:慶應義塾|しきこうとう]]
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