「東京ダイナマイト」の版間の差分

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*第4回[[M-1グランプリ]]で出演9組中、唯一ノーシードで決勝へ進んだ。結果は8位だったが、これを機会に全国的に名が知られることとなり、以後お笑い番組などへの出演が激増した。
**しかしこの時審査員を務めていた[[春風亭小朝]]は、ネタ後の講評で東京ダイナマイトのファンであると前置きした上で、「もっと面白いネタがあるのになぜこのネタをやったのか」と苦言を呈した(この時やったのは『タクシー』のネタ)。また、同じく審査員の[[中田カウス]]は、ビートたけしから「あいつら優勝させて賞金を俺とあんちゃんで分けようぜ」と持ちかけられた事を発言した(ただしこれは仲の良い両者の間で交わされた軽口であり、カウスは公平に審査を行った)。この時決勝で披露した「タクシー」のネタは2003年4月25日放送の[[爆笑オンエアバトル]]でも披露していたが、結果145KBでオフエアになってしまい、ここでも満足の行く結果は残せていなかった。その後オンバトには何回か出場を重ね2005年5月7日、5回目の挑戦で初オンエアを達成(この時披露したネタはコント『床屋』で計量は449KB)したが、それ以降は出場していない。
**ちなみに敗退直後の敗者コメントの際に、ハチミツは「'''昨日の夜に『もしかしたら優勝できるかもしんない』みたいに思ってた自分を殺したいですね'''」と語って爆笑をさらっており<ref>この発言に対しては会場のみならず、審査員の中田カウスや[[ラサール石井]]も爆笑していた。</ref>、ある意味ネタを披露していた時よりも強烈なインパクトを残した。なお、この発言はM-1を代表する名言として後に発売された書籍「M-1完全読本 2001-2010」内の巻末に収録されている「M-1グランプリ大辞典」にも収録されている{{sfn|M-1完全読本 2001-2010|2011|p=69,136}}
*第5回大会は、決勝進出を見越して100万円の衣装を制作していたが、準決勝敗退。敗者復活枠からも漏れ、出演は叶わなかった。後日ハチミツは自身のブログで「敗者復活戦の結果には満足していない」とコメントした。
*第6回、第7回、第8回大会も準決勝で敗退し、4年連続の準決勝敗退となった。第8回大会の敗者復活戦も[[オードリー (お笑いコンビ)|オードリー]]に次ぐ2位だったと自称しているが、第5回大会ともに公式のアナウンスのものではないことは留保する必要があり、どちらも事実は違うとも言われている。