「火炎瓶」の版間の差分

m (commonsへのリンクを「関連項目」節から「外部リンク」節へ移動)
 
[[File:Kaenbin.jpg|thumb|[[成田国際空港|新東京国際空港]]の[[成田空港問題|反対運動]]([[三里塚闘争]])でも火炎瓶は用いられた([[成田空港 空と大地の歴史館]])]]
第二次世界大戦におけるドイツ軍では、ガラス容器を2重(卵型の容器の中に試験管型の容器が入っている)にして、割れると2種類の液体が混合して発火する化学反応型の火炎瓶兵器を制式使用していた。
 
[[戦後]]の[[日本]]においては、[[1950年代]]に[[日本共産党]]が組織した[[山村工作隊]]や[[中核自衛隊]]による[[武装闘争]]で多用され、[[爆発物取締罰則]]違反でもっての公判が行われたが、[[1956年]](昭和31年)[[6月27日]]の[[最高裁判所 (日本)|最高裁判所]][[判決 (日本法)|判決]]において「同法の規制対象となる『爆発物』とは、その爆発作用そのものによって公共の安全を攪乱し、または、人の身体や財産を傷害・損壊するに足る破壊力を有するものであり、……(火焔瓶は)いわゆる爆発物に該当しない」として、[[最高検察庁]]の主張を退けた<ref>{{Cite 判例検索システム
| 事件名 = 爆発物取締罰則違反
115

回編集