「多治比高子」の版間の差分

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弘仁6年([[815年]])には[[妃]]となる<ref>『日本後紀』弘仁6年(815年)七月壬午条</ref>。妃は[[内親王]]のみに許されていた后妃身分で、高子は臣下から妃になった珍しい例である。天長3年([[826年]])薨去。死後[[従一位]]を追贈された。嵯峨天皇との間に子女はいなかった。
 
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
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== 参考文献 ==
* [[森田悌]]訳「日本後紀」(上中下巻)[[講談社学術文庫]]、2006年 <small>ISBN 9784061597877 (上巻)/ISBN 9784061597884 (中巻)/ISBN 9784061597891 (下巻)
</small>
 
== 関連項目 ==
* [[多治比氏]]
[[Category:平安時代の后妃後宮]]
[[Category:多治比氏|たかこ]]
[[Category:嵯峨天皇]]
[[Category:788年生]]
[[Category:826年没]]
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