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=== 音楽的ルーツ ===
[[クラシック]]好きで[[ジャズ]]や[[ポピュラー・ミュージック]]への造詣も深い父親と古い[[歌謡曲]]が好きで[[バレエ]]経験のある母親の間に生まれ、音楽的環境に恵まれた家庭に育つ<ref>{{Cite journal |和書 |author= 丹生敦|publisher= 太陽出版|year= 2003 |month= 8 |title= |journal= 林檎コンプレックス - 椎名林檎的解体新書|page= 26}}</ref>。音楽的原体験は[[クロード・ドビュッシー|ドビュッシー]]の[[ピアノ]]曲<ref name="dennorat1">{{Cite interview|subject=電脳RAT/010|interviewer=ツダケン/unga! 編集部|url=http://sp.universal-music.co.jp/ringo/15th/special/plugin/010/010_2.htm|title=追跡!林檎ちゃんの音楽遍歴「椎名林檎の作り方」幼少〜小学生編|program=椎名林檎15周年記念サイト, [[ユニバーサル・ミュージック]]|accessdate=2015-04-02}}</ref>。[[バレエ]]やピアノを習っていた影響で幼少期には[[クラシック音楽]]を好んでいたが、ピアノ曲以外はあまり好きではなく、[[管弦楽曲]]でもバレエ音楽ばかりを聞いていた<ref name="dennorat1"/>。歌のある曲にはほとんど興味がなかったが、父親の影響で[[ザ・ピーナッツ]]は好きだった<ref name="dennorat1"/><ref name="dennorat2">{{Cite interview|subject=電脳RAT/012|interviewer=ツダケン/unga! 編集部|url=http://sp.universal-music.co.jp/ringo/15th/special/plugin/012/012_1.htm|title=椎名林檎「ギブス」「罪と罰」インタビュー|program=椎名林檎15周年記念サイト, [[ユニバーサル・ミュージック]]|accessdate=2015-04-02}}</ref>。小学生の頃は、映画『[[風の谷のナウシカ]]』の[[サウンドトラック]]や母親の好きだった[[五輪真弓]]、[[太田裕美]]、[[朱里エイコ]]、[[大塚博堂]]、[[寺尾]]、[[来生たかお]]、[[ペドロ&カプリシャス]]、[[長谷川きよし]]<ref group="注">長谷川とは2005年に開催された自身のコンサート「[[第一回林檎班大会の模様|第1回林檎班大会 アダルト・オンリー]]」や長谷川のテレビ出演の際に共演。</ref>のような古い[[歌謡曲]]、そして父親の好きだった[[渡辺貞夫]]や[[ビリー・ジョエル]]および[[ニーナ・シモン]]、[[サラ・ボーン]]、[[エラ・フィッツジェラルド]]などの女性ジャズ・ボーカリストを好んで聞いていた<ref name="dennorat1"/><ref>{{Cite journal |和書 |author= 丹生敦|publisher= 太陽出版|year= 2003 |month= 8 |title= |journal= 林檎コンプレックス - 椎名林檎的解体新書|pages= 13-17}}</ref><ref name="dennorat3">{{Cite interview|subject=電脳RAT/011|interviewer=ツダケン/unga! 編集部|url=http://sp.universal-music.co.jp/ringo/15th/special/plugin/011/011_2.htm|title=追跡!林檎ちゃんの音楽遍歴「椎名林檎の作り方」中学生編|program=椎名林檎15周年記念サイト, [[ユニバーサル・ミュージック]]|accessdate=2015-04-02}}</ref><ref>{{Cite journal |和書 |author= 丹生敦|publisher= 太陽出版|year= 2000 |month= 8 |title= |journal= 林檎アレルギー|pages= 22-23}}</ref>。中学生になると、兄の影響で[[モータウン]]や[[ソウル・ミュージック]]、[[リズム・アンド・ブルース|R&B]]などの[[ブラック・ミュージック]]に傾倒するようになり(フェイバリット・アーティストは[[マーヴィン・ゲイ]])、邦楽をまったく聞かなくなった<ref name="dennorat3"/>。高校に進むと[[BLANKEY JET CITY]]や[[エレファントカシマシ]]をきっかけに日本語の歌詞を受け入れてふたたび邦楽も聞くようになり、洋楽では[[レディオヘッド]]や[[ビョーク]]を聞いていた<ref name="dennorat4">{{Cite interview|subject=電脳RAT/012|interviewer=ツダケン/unga! 編集部|url=http://sp.universal-music.co.jp/ringo/15th/special/plugin/012/012_2.htm|title=追跡!林檎ちゃんの音楽遍歴「椎名林檎の作り方」高校生編|program=椎名林檎15周年記念サイト, [[ユニバーサル・ミュージック]]|accessdate=2015-04-02}}</ref>。[[セックス・ピストルズ]]には音よりもビデオなど映像の方で影響を受け、音として多く聴いていたのは[[レッド・ホット・チリ・ペッパーズ]]や[[レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン]]、[[パール・ジャム]]など<ref name="dennorat4"/>。高校を辞めた後は感覚が昔に戻ったのか、改めて[[トッド・ラングレン]]や[[レッド・ツェッペリン]]、[[ビートルズ]]などを聞き直していた<ref name="dennorat4"/>。
 
ボーカリストとしては[[フェアーグラウンド・アトラクション]]のエディ・リーダーに憧れていたが、声質がまるで異なることを自覚していたので、同様に好んで聞いていた[[ジャニス・イアン]]を目指すことにした<ref name="allergy1"/><ref name="dennorat2"/>。またデビュー当時、和製[[アラニス・モリセット]]とよく言われたが、本人としては[[クランベリーズ]]の[[ドロレス・オリオーダン]]{{refnest|group=注|アルバム『[[無罪モラトリアム]]』収録の「茜さす 帰路照らされど・・・」の歌詞に出てくる“アイルランドの少女”とは、当時楽曲制作に関わった[[亀田誠治]]によるとこのドロレスのこと<ref>{{Cite episode | title =TOKIO HOT 100 持ち込みレコメン | network = [[J-WAVE]] | airdate = 2008-09-07 | accessdate = 2016-02-08 }}</ref>。}}のイメージだった<ref>{{Cite episode | title =椎名林檎の悦楽巡回 | network = [[CROSS FM]] | airdate = 1999-05-09 | accessdate = 2016-02-08 }}</ref>。