「国際連合インド・パキスタン監視団」の版間の差分

これに対し、インド軍は反攻を行い、カシミール地方以外のパキスタン領への侵攻も行なった。この戦争は国際社会の反発を呼び、9月20日には安全保障理事会決議211によって、停戦の実施及び1965年8月5日以前の位置への撤退が求められ、9月23日に停戦に至った。9月27日には、[[国際連合安全保障理事会決議214]]により、両軍の停戦維持と即時撤退が求められている。11月5日の[[国際連合安全保障理事会決議215]]では、従前の決議に加えて、両国政府に国連の停戦監視活動への協力を求めた。
 
国際連合インド・パキスタン監視団(UNIPOM)は決議211によって設立されたものであり、両国軍の停戦および撤退の監視を任務としている。カシミール地方においては、従前のUNMOGIPが停戦・撤退監視を行なうが、カシミール地方以南、[[アラビア海]]までの[[インド=パキスタン国境|インド・パキスタン国境]]地帯はUNMOGIPの分担地域外であり、新組織のUNIPOMが停戦・撤退監視を行なうこととなった。1965年10月にB.F.マクドナルド中将(カナダ軍)が指揮官着任するまでは、UNMOGIPが一時的に全体の指揮を取っている。
 
両国軍は1966年1月の[[タシュケント]]における合意により撤退を開始し、2月25日には撤退が完了した。UNIPOMの規模は最大時で軍事要員96名が中心となり展開した。この他にカナダ空軍による航空輸送支援を受けている<ref>[http://www.115atu.ca/Files/UNIPOM.pdf items-in-Peace-keeping operations - India/Pakistan - United Nations India/Pakistan Observation Mission (UNIPOM) s-0863-0004:Peace-Keeping Operations Files of the Secretary-General: U Thant:India/Pakistan]</ref>。両国軍の戦争前位置への撤退により任務を終了し、1966年3月22日に解散、要員は撤収した。