「創造社」の版間の差分

文学研究会のウィキペディア項目が無かったので、どのような傾向(~派)の文学団体であるか追加。また創造社にも追加。
(→‎参考文献: 創造社の第一期主要メンバーをあげ、共通点等を追加。)
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(文学研究会のウィキペディア項目が無かったので、どのような傾向(~派)の文学団体であるか追加。また創造社にも追加。)
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創造社は成立後、『創造社叢書』を編集出版し郭沫若の詩歌『女神』などを掲載した。翌年、『創造季刊』の発行を開始し、[[1923年]]には、『創造週報』、さらに、『中華新報』の文学副刊である『創造日』を編集出版している。
 
[[芸術派]]・[[浪漫派]]とされる創造社は、当初から[[人生派]]・[[写実派]]とされる[[文学研究会]]に対抗した。前期には、天才を尊重し、自我の表現を芸術の趣旨となし、作品は、早期[[ロマン主義]][[耽美主義]]の特徴を有していた。中国の新文学活動に相当の促進作用をもたらした。創造社が核心となって形成した詩歌の流れは、早期[[ロマン主義]]と称された。
 
後期には、日本から帰国した[[馮乃超]]、[[王独清]]、[[穆木天]]、[[彭康]]などの新会員が加入した。
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