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[[1869年]]([[明治]]2年)に[[軍務官]]が[[兵部省]]となった際に陸軍中将と海軍中将が設けられ、翌年の[{{NDLDC|787950/211}} 明治3年9月18日太政官布達第604号]により兵部省に設けられた陸海軍大将から陸海軍權曹長までの11等級の2番目に位置した。これらは[[四等官]]に倣って職階と分掌事務がセットとなった職員の等級であったが、[{{NDLDC|787953/175}} 明治6年5月8日太政官布達第154号]による官等表改正でも軍人の階級呼称として引き続き用いられ、[[軍隊における階級呼称一覧|西欧近代軍の階級呼称の序列]]におけるlieutenant general、vice admiralの訳語に中将の語が充られた。[[大日本帝国陸軍|陸軍]]では中将は主に[[師団長]]、[[軍司令官]]などに、[[大日本帝国海軍|海軍]]では[[艦隊]][[司令長官]]などに補職された。また、[[文官]]としての[[親任官]]たる[[陸軍大臣]]および[[海軍大臣]]の職にある者は、相手が大将であっても行政命令を発することが出来た<ref>奥宮正武著『大艦巨砲主義の盛衰』<新戦史シリーズ47>、朝日ソノラマ、1992年、 318頁。</ref>。
 
[[大日本帝国]]陸海軍の中将は[[高等官]]一等相当とされ、[[勲等|勲三等乃至一等]]に叙せられ、武功著しい場合は功三級乃至一級の功級に叙せられ[[金鵄勲章]]を授与された<ref>岩倉規夫、藤樫準二 『日本の勲章-日本の表彰制度-』 第一法規出版、1965年1月。</ref>。また、[[親補職]]<ref>"しんぽしょく"と読む</ref>にある者はその就任中は親任官である大将に準ずる待遇とされ、次官、参謀次長、および軍令部次長よりも格上の扱いを受けた。第二次世界大戦時、部隊規模の拡大に伴い、上級中将ないし上級大将の階級を新設しようという案があったが、実現には至らなかった。明治初期のアメリカ陸軍によると、本階級を少将相当とし、日本軍の将官を大将、少将、准将の三階級制と見做していた<ref>アメリカ陸軍将校から見た明治初期の日本陸軍 -エモリー・アプトン Emory Upton (1839-1881) 著報告集 「欧亜の陸軍 The Armies of Europe & Asia」(Portsmouth : Griffin & Co. 1878邦訳- 布施将夫 86-87頁</ref>。
 
===警察予備隊(保安隊)、海上警備隊(警備隊)===