「早川一光」の版間の差分

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追悼の会が開催されたので、付記した。
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[[1980年]]、「わらじ医者 京日記 ボケを看つめて」(1979年1月、[[ミネルヴァ書房]])で第34回[[毎日出版文化賞]]を受賞。[[1982年]]にはこの本を題材にした[[日本放送協会|NHK]][[ドラマ人間模様]]『とおりゃんせ』([[田村高廣]]主演 1982/7/4~8/1 全5回)が放映された。[[1995年]]から[[2013年]] 滋賀医科大学にて医学概論を講義したが、講義名を「総合人間学」と変えている<ref>早川[2015:219p]</ref>。
 
1996年、第五回若月賞を受賞。
 
[[1997年]]、[[京都府]][[北桑田郡]][[美山町_(京都府)|美山町]](現在の[[南丹市]]美山町)の[http://www.cans.zaq.ne.jp/fuamh707/index.html 美山診療所]の公設民営化に従事し、[[2003年]]まで医療法人「美山健康会」理事長、[http://www.cans.zaq.ne.jp/fuamh707/index.html 美山診療所]所長として、農村での地域医療に携わった。地道な地域医療を実践していることから、「わらじ医者」と言われている。現在は、[[1988年]]に立ち上げた「総合人間研究所」所長として、人間を医学の面からも哲学の面から宗教の面からも見ていこうという総合人間学の研究、各地での講演活動を行う。[[2002年]]に京都・[[衣笠 (京都市)|衣笠]]に「わらじ医者よろず診療所」を開設、医療相談も行っている。公益社団法人「認知症の人と家族の会」顧問。