「七田式教育」の版間の差分

 
== 概要 ==
大学時代、[[家庭教師]]をしていた七田眞は、1950年代初頭、[[人間]]の[[能力]]は、生まれた時に決められるのかと疑問を持ち始め、その後、[[カール・ビッテ]]の「才能逓減の法則」という理論に出会った。
 
衝撃を受けた七田は、[[子ども|子供]]の才能に着眼し、独自の教育理論を構築。その教育方法を、「魂の教育」と称し、子供の[[潜在能力]]を引き出す、幼児の右脳教育に始まり、[[食育]]、そして、大人の右脳開発へと展開した。