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'''成人T細胞白血病'''(せいじんTさいぼうはっけつびょう、'''ATL''', Adult T-cell leukemia、'''成人T細胞白血病/リンパ腫'''、- leukemia/lymphoma)は、病因である[[腫瘍ウイルス]]、HTLV-1に感染したリンパ球が腫瘍化して発症する末梢性T細胞腫瘍である<ref>Lancet Oncol. 2014 Oct;15(11):e517-26. PMID 25281470</ref>。1976年([[昭和]]51年)に高月清らによって発見、命名された。発症の原因は[[ヒトTリンパ好性ウイルス|HTLV-I]]感染であり、独自の形態をもつ異型リンパ球(CD4陽性リンパ球)の単クローン性[[腫瘍]]である。
 
== 疫学HTLV-1に関して ==
=== HTLV-I感染1の概要 ===
原因ウイルスであるHTLV-Iの感染者は[[日本]]、特に[[沖縄県]]と[[南九州]]に多く、他には[[カリブ海]]沿岸諸国、[[中央アフリカ]]、[[南アメリカ|南米]]などに感染者がみられる。そのため、成人T細胞白血病(ATL)患者もこれらの地域に多くみられる<ref name="三輪血液病学p1490">浅野『三輪血液病学』p.1490</ref>。
{{main|ヒトTリンパ好性ウイルス}}
[[HTLV-1]]はhuman T-cell leukemia virus type 1(ヒトT細胞白血病ウイルス1型)の略称である<ref>Front Microbiol. 2017 Sep 22;8:1800. PMID 29018415</ref>。かつては[[ヒトTリンパ球向性ウイルス]]1型human T-lymphotropic virus type 1と呼ばれていた。1980年にはじめてヒトの[[レトロウイルス]]として報告され<ref>Proc Natl Acad Sci U S A. 1980 Dec;77(12):7415-9. PMID 6261256</ref>、[[ATL]](成人T細胞白血病・リンパ腫、adult T-cell leukemia-lymohoma)の原因ウイルスであることが明らかになった<ref>Blood. 1977 Sep;50(3):481-92. PMID 301762</ref><ref>Proc Natl Acad Sci U S A. 1981 Oct;78(10):6476-80. PMID 7031654</ref><ref>Proc Natl Acad Sci U S A. 1982 Mar;79(6):2031-5. PMID 6979048</ref>。HTLVにはtype1からtype4まで報告されているがtype1以外の病原性はあきらかではない。type1のgenotypeはsubtype AからGの7つに大きく分かれ地域性を反映する。日本のHTLV-1はsubtype Aに含まれる。
 
[[HTLV-1]]は主にHTLV-1感染者のCD4陽性Tリンパ球より検出される。HTLV-1が感染すると[[プロウイルス]]として持続感染する。すなわち細胞のゲノムにウイルス遺伝子が取り込まれ、細胞中に長期にわたり存在・維持される。HTLV-1感染者の末梢血液中にはHTLV-1感染リンパ球が存在するがB型肝炎ウイルスなどと異なり、血漿中にはほとんどウイルスを検出できない。このためHTLV-1感染者の診断はウイルスそのものの検出ではなく、HTLV-1に対する抗体の検出によって行われる。すなわち、抗HTLV-1抗体陽性であればHTLV-1に感染していることを意味する。一度HTLV-1に感染すると自然にウイルスが消失することはないと考えられており、終生感染が持続する。また、HTLV-1感染者の末梢血リンパ球からは遺伝子増幅法(PCR法)によりHTLV-1の遺伝子を検出することができる。この方法により、HTLV-1のプロウイルス量を測定することが可能である。HTLV-1は多くの場合は1個のT細胞に1コピー組み込まれるためプロウイルス量はHTLV-1感染細胞数を意味する<ref>J Clin Microbiol. 2015 Nov;53(11):3485-91. PMID 26292315</ref>。
日本におけるATLによる年間[[死亡|死亡者数]]は約1,000人であり、1998年([[平成]]10年)以降の10年間に減少傾向はみられていない<ref name="korou20">厚生労働省研究班(班長: 山口一成) 「本邦におけるHTLV-I感染及び関連疾患の実態調査と総合対策」 平成20年度総括研究報告書</ref>。
 
HTLV-1の遺伝子は約9kbの2本のプラス鎖RNAである。ウイルスゲノムはコアタンパク質、エンベロープタンパク質、[[逆転写酵素]]などのほかの種々の機能性タンパク質をコードする。
=== HTLV-I感染 ===
HTLV-1[[無症候性キャリア|キャリア]]は日本全国で100万以上いるとされる<ref name="三輪血液病学p1491">浅野『三輪血液病学』p.1491</ref>。また、[[日本人]]におけるHTLV-Iの陽性率は、[[献血|献血者]]を対象とする結果から0.32%と推定されている<ref name="korou20"/>。一方、感染者の分布は沖縄県・[[鹿児島県]]・[[宮崎県]]・[[長崎県]]に偏在している。例えば[[東京都]]におけるHTLV-1の陽性率が0.15%と低率であるのに対して、全国で最も陽性率が高い鹿児島県では1.95%と、住民の約50人に一人がHTLV-1キャリアとなっている<ref name="korou20"/>。
 
=== HTLV-1の発癌機構疫学 ===
日本ではHTLV-Iキャリアのうち、毎年600-700人程度がATL(病型は問わない)を発症している。キャリアの生涯を通しての発症危険率は2-6%である。HTLV-1の感染経路は[[授乳]]、[[性行為|性交]]、[[輸血]]があげられる。[[無症候性キャリア|キャリア]]の母親による[[母乳栄養|母乳保育]]が継続された場合、児の約20%がキャリア化するとされる<ref>木下研一郎 「成人T細胞白血病・リンパ腫」 新興医学出版社(平成15年) p102-16</ref>。一方、これを人工栄養へ切り替えることによって母子感染はほぼ防げる。性交による感染は通常、精液に含まれるリンパ球を通じての男性から女性への感染である<ref name="三輪血液病学p1491"/>。
世界的には日本、中南米、アフリカなどにHTLV-1感染者の多い地域があることがわかっている<ref>Lancet Infect Dis. 2007 Apr;7(4):266-81. PMID 17376384</ref>。日本の2014年から2015年の調査では80万人程度のHTLV-1感染者がいると推定されている。かつては九州、沖縄に感染者が多く、全体の40%がこの地域に分布していた。近年は大都市圏でHTLV-1感染者が増加傾向で地域分布が変化していると考えられている。
 
HTLV-1感染が原因となって発症するHTLV-1関連疾患にはATL(成人T細胞白血病・リンパ腫、adult T-cell leukemia-lymohoma)、HAM(HTLV-1関連脊髄症、HTLV-1-associated myelopathy)、HAU(HTLV-1関連ぶどう膜炎、HTLV-1-associated uveitis)などが知られている。HTLV-1感染者のうちHTLV-1関連疾患を発症するのはごく一部であり、ATLの発症率が約5%であり、HAMの発症率は0.3%である。大半の感染者はHTLV-1関連疾患を発症することなく生涯を終える。HTLV-1プロウイルス量が多いHTLV-1感染者はHTLV-1関連疾患の発症リスクが高いと考えられている<ref>J Neurovirol. 1998 Dec;4(6):586-93. PMID 10065900</ref><ref>Blood. 2010 Aug 26;116(8):1211-9. PMID 20448111</ref>。
個体内でのHTLV-1増殖の場は主に[[リンパ節]]であると考えられている。リンパ節で増殖したATL細胞が血液中に流出すると、特徴的なATL細胞が末梢血で見られるようになる<ref name="三輪血液病学p1493">浅野『三輪血液病学』p.1493</ref>。
 
=== HTLV-1の感染 ===
HTLV-1感染者の体液中にほとんどフリーのウイルス粒子が検出されず、伝播にはHTLV-1感染細胞が他者の体内に入ることが必要である。このためHTLV-1の感染力は極めて弱い。主な感染経路は母子感染と男女間の水平感染である。母子感染では[[母乳]]を介した伝播が主なものである。水平感染では性交渉で起こりやすい。かつては[[輸血]]による感染も認められたが1986年以降は血液製剤に対するHTLV-1スクリーニング検査が行われており、輸血による感染の危険性はほとんどない。まれな伝播経路として[[臓器移植]]があげられる。
 
[[無症候性キャリア|キャリア]]の母親による[[母乳栄養|母乳保育]]が継続された場合、児の約20%がキャリア化するとされる<ref>木下研一郎 「成人T細胞白血病・リンパ腫」 新興医学出版社(平成15年) p102-16</ref>。一方、これを人工栄養へ切り替えることによって母子感染はほぼ防げる。性交による感染は通常、精液に含まれるリンパ球を通じての男性から女性への感染である<ref name="三輪血液病学p1491">浅野『三輪血液病学』p.1491</ref>。個体内でのHTLV-1増殖の場は主に[[リンパ節]]であると考えられている。リンパ節で増殖したATL細胞が血液中に流出すると、特徴的なATL細胞が末梢血で見られるようになる<ref name="三輪血液病学p1493">浅野『三輪血液病学』p.1493</ref>。
 
=== HTLV-1の発癌機構 ===
母乳中のHTLV-1感染リンパ球が乳児の消化管内で乳児のリンパ球に接触することでHTLV-1は新たに感染することができる。[[レトロウイルス]]であるため、リンパ球DNAに組み込まれ、ウイルスの再生産を行う。HTLV-1のp40 taxは宿主細胞のIL-2レセプター遺伝子などを活性化し、その分裂増殖を引き起こす。こうして無限増殖を繰り返す宿主細胞がその過程でなんらかのエラーをおこし、形質転換をおこし、ATLを発症すると考えられている。
 
=== HTLV-1感染の診断 ===
;一次検査
一次検査では血清抗HTLV-1抗体の有無を確認する。PA法、CLEIA法、CLIA法、ECLIA法が推奨されている。一次検査が陰性の場合、HTLV-1感染はないと考える。陽性であっても偽陽性がふくまれるため確認検査が必要となる。
 
;確認検査
確認検査はWB法もしくはLIAで血清抗HTLV-1抗体の有無を確認する。確認検査で陽性ならばHTLV-1感染であり、陰性ならばHTLV-1感染ではないと評価する。確認検査の問題点として判定保留となる場合があることである。非流行地WB法の判定保留が20%にも及ぶ。LIA法はWB法より判定保留率が低くなる可能性がある。判定保留の場合はPCR法でHTLV-1[[プロウイルス]]検出を行うことでより正確で信頼性の高い診断が期待できる。
 
== 疫学 ==
原因ウイルスであるHTLV-Iの感染者は[[日本]]、特に[[沖縄県]]と[[南九州]]に多く、他には[[カリブ海]]沿岸諸国、[[中央アフリカ]]、[[南アメリカ|南米]]などに感染者がみられる。そのため、成人T細胞白血病(ATL)患者もこれらの地域に多くみられる<ref name="三輪血液病学p1490">浅野『三輪血液病学』p.1490</ref>。
 
日本におけるATLによる年間[[死亡|死亡者数]]は約1,000人であり、1998年([[平成]]10年)以降の10年間に減少傾向はみられていない<ref name="korou20">厚生労働省研究班(班長: 山口一成) 「本邦におけるHTLV-I感染及び関連疾患の実態調査と総合対策」 平成20年度総括研究報告書</ref>。
 
== 症状 ==
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:再発難治例に保険適応あり
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=== HTLV-I感染 ===
HTLV-1[[無症候性キャリア|キャリア]]は日本全国で100万以上いるとされる<ref name="三輪血液病学p1491">浅野『三輪血液病学』p.1491</ref>。また、[[日本人]]におけるHTLV-Iの陽性率は、[[献血|献血者]]を対象とする結果から0.32%と推定されている<ref name="korou20"/>。一方、感染者の分布は沖縄県・[[鹿児島県]]・[[宮崎県]]・[[長崎県]]に偏在している。例えば[[東京都]]におけるHTLV-1の陽性率が0.15%と低率であるのに対して、全国で最も陽性率が高い鹿児島県では1.95%と、住民の約50人に一人がHTLV-1キャリアとなっている<ref name="korou20"/>。
 
日本ではHTLV-Iキャリアのうち、毎年600-700人程度がATL(病型は問わない)を発症している。キャリアの生涯を通しての発症危険率は2-6%である。HTLV-1の感染経路は[[授乳]]、[[性行為|性交]]、[[輸血]]があげられる。[[無症候性キャリア|キャリア]]の母親による[[母乳栄養|母乳保育]]が継続された場合、児の約20%がキャリア化するとされる<ref>木下研一郎 「成人T細胞白血病・リンパ腫」 新興医学出版社(平成15年) p102-16</ref>。一方、これを人工栄養へ切り替えることによって母子感染はほぼ防げる。性交による感染は通常、精液に含まれるリンパ球を通じての男性から女性への感染である<ref name="三輪血液病学p1491"/>。
 
個体内でのHTLV-1増殖の場は主に[[リンパ節]]であると考えられている。リンパ節で増殖したATL細胞が血液中に流出すると、特徴的なATL細胞が末梢血で見られるようになる<ref name="三輪血液病学p1493">浅野『三輪血液病学』p.1493</ref>。
 
== 症状 ==
ATLの臨床経過は多彩であり、以下のような4つの病型と1つの病態が知られている。
* 病型
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:[[急性白血病]]と同様、寛解導入療法後の[[造血幹細胞移植]]が検討されている。急性型、リンパ腫型、予後不良因子を有する慢性型が治療対象となり、一般的にaggressive lymphomaに準じた治療法が選択される。予後不良因子を持たない慢性型やくすぶり型ならば経過観察となる。ATLは初回から薬剤耐性を示すことが少なくなく、標準的な治療法が未だに確立していない。
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== HTLV-1の発癌機構 ==
母乳中のHTLV-1感染リンパ球が乳児の消化管内で乳児のリンパ球に接触することでHTLV-1は新たに感染することができる。[[レトロウイルス]]であるため、リンパ球DNAに組み込まれ、ウイルスの再生産を行う。HTLV-1のp40 taxは宿主細胞のIL-2レセプター遺伝子などを活性化し、その分裂増殖を引き起こす。こうして無限増殖を繰り返す宿主細胞がその過程でなんらかのエラーをおこし、形質転換をおこし、ATLを発症すると考えられている。
 
== 歴史 ==