「大韓民国中央情報部」の版間の差分

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根拠法は[[国家保安法 (大韓民国)|国家保安法]]と[[保安観察法|社会安全法]](現:保安観察法)。職務として西氷庫などで[[拷問]]を行った。組織・職員・予算は非公開とされ、職員は公募されず、生え抜きの[[軍人]]から約10万人が選抜され、国民生活の隅々まで監視した。朴の[[独裁政治|独裁]]に反対する国民を拷問・誘拐し、殺害さえすることもあることで知られた。その活動は国外にまで及び、[[日本]]で起きた[[金大中事件]]では、日本の[[東亜会|東声会]]や[[山口組]]系[[暴力団]]と共に[[児玉誉士夫]]がKCIAに協力して[[金大中]]を拉致したことで知られる。
 
[[アジア放送研究会]]の[[山下透 (放送研究者)|山下透]]の調べによると、[[地下放送]]であった[[希望のこだま放送]]は中央情報部が行っていた。これについては[[軍事政権|軍政]]時代から「([[放送]]は)韓国の特殊機関が行っている」と[[韓国放送公社]](KBS)の関係者も認めていた。
 
[[全斗煥]]が創設した[[大韓民国国家情報院|国家安全企画部]]、金大中以降の[[大韓民国国家情報院|国家情報院]]と韓国の情報機関はその後も存続したが、[[政治]][[犯罪]]のみならず[[経済]][[犯罪]]も扱い、また職員の公募も始まるなど、次第にそのベールを脱いでいった。
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