「キンタ・ダ・ボア・ヴィスタ」の版間の差分

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{{出典の明記|date=2020年1月}}
[[File:QUINTA BV RJ Brazil.jpg|right|thumb|200px|キンタ・ダ・ボア・ヴィスタ]]
[[File:QuintaBoaVista1.jpg|right|thumb|200px|旧サン・クリストヴァン宮殿]]
[[File:PalaceSaoCristovao.jpg|right|thumb|200px|1820年頃に描かれたサン・クリストヴァン宮殿]]
 
'''キンタ・ダ・ボア・ヴィスタ'''({{lang-pt|Quinta da Boa Vista}})は、[[ブラジル]]、[[リオデジャネイロ]]北部サン・クリストヴァン ([[:pt:São Cristóvão (bairro do Rio de Janeiro)|São Cristóvão]]) 地区にある広大な公園。19世紀の[[ブラジル帝国|ブラジル皇室]]が暮らしたサン・クリストヴァン宮殿の庭園の一部である。現在、旧サン・クリストヴァン宮殿には国立自然史博物館が入っている。また公園は、2000種以上の動物がいるリオデジャネイロ動植物園が置かれている。
 
== 概要 ==
最初、キンタ・ダ・ボア・ヴィスタの地は[[イエズス会]]の農場の一部であった。1759年以降、{{仮リンク|ブラジル植民地|en|Colonial Brazil}}からイエズス会が追放されると、土地は分割されて複数の地主に切り売りされた。19世紀初頭に農場の一部を、裕福なポルトガル人商人エリアス・ロペシュが購入した。彼は1803年頃、農場の丘の上に[[マナー・ハウス]]を建てた。この丘から[[グアナバラ湾]]の素晴らしい眺めが見られることから、キンタ・ダ・ボア・ヴィスタ(眺めのいい公園)の名がついた。ナポレオンの侵攻から逃れるためブラジルへ[[ポルトガル王国|ポルトガル]]宮廷がやってくると、[[摂政王太子]]ジョアン(のちの[[ジョアン6世 (ポルトガル王)|ジョアン6世]])に、1808年、ロペシュは広大な農場を献上した。リオデジャネイロ市街からほど近いこのマナーハウスをジョアン王子は気に入り、幾度も滞在した。