「脱解尼師今」の版間の差分

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どこを見てウィキペディアを出典としたと言うんですか。
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2019年3月8日 (金) 11:14‎ にそう記されている上に、そもそも上垣外本にそのような記述は存在しません。
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== 出自 ==
脱解尼師今が船で渡来した人物であることを示す挿話などと併せて、出生地を韓国では満州またはカムチャツカ半島と見る意見ともしくは日本列島内の小島に所在すると見る向きが多く、[[丹波国]]、[[但馬国]]、[[肥後国]][[玉名郡]]などに比定する説があり、[[上垣外憲一]]は、神話である以上、他系統の伝承混ざっているだろうと述べた上で、脱解尼師今丹波国で作り交易していた王で、大和と新羅の交易ルートを持っ新羅に人だっどり着いたというのが脱解尼師今神話の骨子であるとし、神話の詳細な虚実は措くとしても、昔氏は倭国と交易していた新羅の氏族だと推測できるとした<ref>{{Cite book|和書|author=[[上垣外憲一]]|authorlink=|date=2003-11-11|title=倭人と韓人|series=[[講談社学術文庫]]|publisher=[[講談社]]|isbn=978-4061596238|page=73}}</ref>
 
== 脚注 ==