「ペリリューの戦い」の版間の差分

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日本軍は緻密に迫撃砲の照準を珊瑚礁上に設定しており、正に“砲弾のカーテン”のような弾幕となっていた。また野砲も容赦なく降り注ぎ[[LVT|アムトラック]]とアムトラックに戦車砲を搭載したアムタンクが次々と撃破された。「アヤメ」「レンゲ」など南部方面の海岸を守備していた[[千明武久]]大尉率いる歩兵第15連隊 第3大隊の主力部隊は、前もって海岸線に強固なトーチカを設置しており、そのトーチカに設置した[[一式機動四十七粍速射砲]]で上陸部隊を狙い撃った{{Sfn|戦史叢書13|1968|p=169}}。敵主力戦車には貫通力不足が指摘される同速射砲も、装甲が薄いアムトラックやアムタンクに対しては過分な威力であり、海兵隊公式には上陸初日に26両のアムトラックが撃破されたとしているが、実際は60両以上が撃破されていた。その惨状を見た海兵隊中佐は「こんな戦闘をこれまで見たことが無い。1両40,000ドルもするアムトラックがこんなに炎上しているのを見て衝撃を受けた」と語った。連隊長のブラー大佐の搭乗していたアムトラックも5発の砲弾を受け撃破された。ブラー大佐は無事であったが、一緒の連隊幕僚や通信兵の乗っていたアムトラック5両も撃破され幕僚や通信兵が多数戦死し、第一海兵連隊は通信ができなくなり8時間に渡って戦況が把握できなくなった。また第一海兵連隊の15両の水陸両用型[[M4中戦車]]も集中砲撃を受け3両が完全撃破され、他の車両も損傷を受けた。この時の海兵第1師団の戦いぶりは、後年に「太平洋戦争で最も激しくもっとも混乱した戦闘」と評された<ref>ジェームズ・H・ハラス 『ペリリュー島戦記―珊瑚礁の小島で海兵隊員が見た真実の恐怖』167頁</ref>。
 
支援射撃を指揮していたオルデンドルフ少将は、壊滅させたはずの日本軍陣地から猛烈な反撃を受けている様子を見て驚愕するとともに非常な口惜しさを覚えていた<ref>『戦史叢書 中部太平洋陸軍作戦(2)ペリリュー・アンガウル・硫黄島』169頁</ref>。砲撃で次々とアムトラックが撃破され、兵士らは徒歩で日本軍トーチカや塹壕に迫っていったが、小火器による射撃も猛烈で容易に前進できなかった。過酷な状況の中で、皮肉にも日本軍が構築していた対戦車壕が塹壕代わりとなりアメリカ軍の退避場所となった。対戦車壕は上陸の海岸線全域に掘られていた為、兵士らは壕内で前進の体制を整える事ができた。その様子を見て、対戦車壕がそのた海岸まアメリカ軍の[[橋頭堡]]多数埋設されてなりかねなと懸念した日本軍の地雷の多は、対戦車壕に潜むアメリカ兵に対して激し攻撃した。まずは山腹に展開している砲兵隊に支援砲撃を要請するため軍用犬を走らせた海水で動作不良、アメリカ軍の砲撃が直撃し、たちまちバラバラなり不発とって吹き飛んでしまった<ref>佐藤和正 『玉砕の島―太平洋戦争激闘の秘録』179頁</ref>それでも諦めずに二頭目を走らせたところ、今度はうまく砲兵陣雷が有効機能し連絡がつい、激し砲撃で壕内のアメリカ軍に大損害を与え。それでも、アメリカ軍は大損害に怯まず前進し、陣地を護る日本軍と距離10mの至近距離で激しい白兵戦を繰り広げた。日本軍は「陣地を守り抜け、一歩も退くな」「撃ち殺せ、やつけろ」悲惨怒号を浴びせ状況がら、手榴弾を投げて小銃を撃ちまくったが、そのうち、剣道覚えのある下士官が周囲が止めるのも聞れていず、[[軍刀]]を手に匍匐前進でアメリカ軍の前線に接近し、アメリカ兵の目の前で立ち上がっ刹那に、そのアメリカ兵の首を一刀のも思われるに刎ねた一方その様子を固唾を呑ん大量に残見守っていた航空爆弾を転用し日本兵急造地雷多大な効果「やった」と歓声上げたが、その直後、首を刎ねられたアメリカ兵が握っていた手榴弾が爆し、その絶大な威力に下士官も跳ね飛ばされてしまった。このり地雷を踏んだアムトラックうに、もやどこが前線かわからないほど敵味方が入り交て、互いの死傷者が累々と横たわ、中には敵味方の死体が積み上がっている場所もあったと言。そのよな戦場でひたすら両軍兵士は殺し合いをしており、戦場は壮絶を極めていた<ref>ジェームズ・H・ハラス佐藤和正ペリリュー玉砕の―太平洋記―珊瑚礁の小島で海兵隊員が見た真実争激闘恐怖秘録158181頁</ref>。
 
日本軍は海岸に多数地雷を埋設しており、その効果に期待を寄せていたが、殆どが海水で動作不良になり不発となった。地雷が有効に機能していたらアメリカ軍はもっと悲惨な状況におかれていたと思われる。一方で大量に残っていた航空爆弾を転用した急造地雷は多大な効果を発揮し、その絶大な威力により地雷を踏んだアムトラックは引っ繰り返ったと言う<ref>ジェームズ・H・ハラス 『ペリリュー島戦記―珊瑚礁の小島で海兵隊員が見た真実の恐怖』158頁</ref>。
 
前線より入ってくる報告は悲惨なものばかりで、上陸前は楽観的だったリュパータス師団長ら師団司令部は非常な不安に襲われ、直接状況を確認する為に副師団長のオリバー・P・スミス准将が海岸に上陸する事とした。スミス准将らは第5海兵連隊と第7海兵連隊の上陸地点であったオレンジ海岸に向かった。オレンジ海岸はスミス准将が到着したころには対戦車壕で態勢を整えた第5連隊と第7連隊が内地に向かって前進を開始しようとしていたが、断片的な情報しか得られなかったリュパータス師団長はオレンジ海岸になけなしの予備部隊である1個ライフル兵大隊を投入することにした。
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