「若狭局」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
1行目:
'''若狭局'''(わかさのつぼね、生年未詳 - [[建仁]]3年([[1203年]]))は、[[鎌倉時代]]初期の[[女性]]。[[鎌倉幕府]]の[[御家人]]、[[比企能員]]の娘。鎌倉幕府二代将軍[[源頼家]]の妻妾{{refnest|group="注釈"|若狭局は愛妾、[[足助重長]]女は室との記述が存在するが<ref>『吾妻鏡』</ref>、若狭局所生の一幡は嫡子に等しい扱いを受けており、誰が正室かははっきりしていない。}}。頼家の[[嫡男]][[一幡]]の母。[[竹御所]]も若狭局の所生とされる。
 
== 略歴生涯 ==
父能員は初代将軍[[源頼朝]]の[[乳母]]・[[比企尼]]の甥であり、その縁故によって頼朝の嫡男・頼家の乳母父となった。頼家の妻妾となった若狭局は[[建久]]9年([[1198年]])、頼家が17歳の時に長子一幡を生む。