「ロドス島の巨像」の版間の差分

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古代の記述に拠れば、ロドスの巨像は以下のようなものだった。まず、ロドスの港の入り口付近に、高さ15メートル (50フィート)の[[大理石]]製の台座を設置した。その台座の上に鉄製の骨組みを作り、さらに薄い青銅板で外装を覆った。外装はデメトリオス軍の遺棄した武器や[[攻城塔]]を鋳潰したものが使われた。建造には盛り土の傾斜路を利用し、組み立てが進むにつれて、傾斜路の高さを調節して対応していたと考えられている。彫像自体の高さは34メートル(110フィート)、台座を含めると約50メートルに達した。巨像が完成したのは着工から12年後の[[紀元前284年]]であった。
 
== 地震による倒壊および顛末 ==
{{main|[[:en:226 BC Rhodes earthquake]]}}
58年後の[[紀元前226年]]にロドスで地震が発生、巨像は膝から折れて倒壊した。[[プトレマイオス3世]]は再建のための資金提供を申し出たが、ロドスの住民は神に似せた彫像を作ったことが、神の怒りに触れたのだろうと考え、再建を拒否した。巨像は800年間にわたってそのまま放置され、その間に残骸を見物するために多くの人が訪れた。[[ガイウス・プリニウス・セクンドゥス|大プリニウス]]の記述に拠れば、巨像の脱落した親指に腕を回せるものはわずかしかおらず、また指だけでもほとんどの彫像より大きかったという。