「知念補給地区」の版間の差分

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[[2011年]][[6月13日]]、ニューヨーク・タイムズの[[スクープ]]からちょうど40年後「ペンタゴン・ペーパーズ」の機密指定が解除され、[[アメリカ国立公文書記録管理局|国立公文書記録管理局]]などが全文を公式ウェブサイトで公開、全7,000ページのうち、これまで明らかになっていなかった2,384ページも閲覧できるようになった<ref>“ベトナム介入 舞台裏報告 米秘密文書を公開” (日本語). 東京新聞. (2011年1月1日) 2011年1月1日閲覧。</ref><ref>{{Cite journal|date=1971-08-10|title=米国防総省秘密報告書--ニューヨーク・タイムス特約,ベトナム介入の真実-完-|url=https://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I292176-00|journal=朝日ジャーナル / 朝日新聞社 [編]|volume=30|pages=5~249}}</ref><ref>{{Cite journal|date=1971-07-09|title=米国防総省秘密報告書(特集)|url=https://iss.ndl.go.jp/books/R000000004-I287709-00|journal=朝日ジャーナル / 朝日新聞社 [編]|volume=25|pages=4~145}}</ref>。
 
2013年、知念補給地区の内部に外国人捕虜などを拘禁する秘密収容施設があったことなどが沖縄タイムスの取材でより明らかになった。証言によると、知念補給地区では軍人の姿はほぼ見られず、職員はワシントンのCIAから約3年交代で赴任していたこと、沖縄の別の米軍基地から出入りする米軍関係者はおらず、[[琉球列島米国民政府]](USCAR)の最高責任者である高等弁務官ですら訪問時には所定の手続きが必要だったという<ref>{{Cite web|title=沖縄タイムス {{!}} 米CIACIA沖縄基地  元従業員が詳細語る|url=https://web.archive.org/web/20130426003553/http://article.okinawatimes.co.jp/article/2013-04-22_48355|website=web.archive.org|date=2013-04-26|accessdate=2020-02-14}}</ref>。
 
{{See also|沖縄の米軍基地}}
 
* [http://okiaruki.com/wordpress/?p=2634 旧玉城村親慶原のCSG部隊]
* [https://ospreyfuanclub.hatenadiary.jp/entry/2017/09/01/164545 沖縄キャンプ知念はアジア最大の CIA (米中央情報局) の拠点だった  -  核ミサイルから冷戦時代の捕虜収容所施設まで]
 
== 脚注 ==
<references />
[[Category:沖縄県の米軍基地|ちねんほきゆうちく]]
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