「千島列島」の版間の差分

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[[千島アイヌ]]の領域は、江戸時代にチュプカ諸島と呼ばれた。日露和親条約や樺太・千島交換条約で定義されるクリル(千島)列島に含まれ、戦前は占守郡と新知郡に区分された。
 
;====占守郡====
{| class="wikitable" style="font-size:90%;small"
!日本語名
!ロシア語名
!英語名
!名前の由来となったアイヌ語
!面積<br>{{読み|km{{sup|2}}|へいほうキロメートル}}
!最高標高<br>{{読み|m|メートル}}
!北緯
!東経
|-
|{{ruby|[[阿頼度島]]|あらいどとう}}
!style="width:10em;"|日本語
|{{lang|ru|Атласова}}<br><span style="speak:none">(アトラソフ)</span>
!style="width:10em;"|ロシア語
|{{lang|en|Atlasov}}
!style="width:6em;"|英語
|{{lang|ain-Kana|アウ・ライト}}(噴火口の内が地獄のようにどろどろに溶けた溶岩の溜池)
!島名の由来となったアイヌ語
!align=center|面積<br />km{{sup|2}}
!align=center|最高標高<br />m
!align=center|北緯 '''N'''
!align=center|東経 '''E'''
|-
|[[阿頼度島]]<br />{{smaller|あらいどとう}}
|{{lang|ru|Атласова}}<br />{{smaller|アトラソフ島}}
|Atlasov
|「アウ・ライト(噴火口の内が地獄のようにどろどろに溶けた溶岩の溜池)」
|| 150 || 2339|| 50°50'|| 155°30'
|-
|{{ruby|[[占守島]]<br />{{smaller|しゅむしゅとう}}
|{{lang|ru|Шумшу}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(シュムシュ島}})</span>
|{{lang|en|Shumshu}}
|{{lang|ain-Kana|シュム・ウシ}}(南西・<そこに>ある→南西に存在する、或いは南西に入る)」<br />※ 諸説あり
|| 388 || 189 || 50°45'|| 156°20'
|-
|{{ruby|[[幌筵島]]<br />{{smaller|ぱらむしるとう}}<ref group="*">「ほろむしろとう」とも読まれる。</ref>
|{{lang|ru|Парамушир}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(パラムシル島}})</span>
|{{lang|en|Paramushir}}
|{{lang|ain-Kana|パラ・モシル(広い・島)」「}} や {{lang|ain-Kana|ポロ・モシル}}(大きい・島)など
|| 2053 || 1816|| 50°30'|| 155°40'
|-
|{{ruby|[[志林規島]]<br />{{smaller|しりんきとう}}
|{{lang|ru|Анциферова}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(アンツィフェロヴァ島}})</span>
|{{lang|en|Antsiferov}}
|{{lang|ain-Kana|シ・リン・キ}}(甚だ・波・所→ひどく波立つ所)
|| 7 || 747|| 50°12'|| 154°58'
|-
|{{ruby|[[磨勘留島]]<br />{{smaller|まかんるとう}}<ref group="*">史料によって名称が多少異なっている。詳細は[[磨勘留島]]の項を参照のこと。</ref>
|{{lang|ru|Маканруши}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(マカンルシ島}})</span>
|Makanrushi
|「温禰古丹島の後ろにあって、潮の中に立つ島」の意とする説がある。
|| 49 || 1171|| 49°45'|| 154°25'
|-
|{{ruby|[[温禰古丹島]]<br />{{smaller|おんねこたんとう}}
|{{lang|ru|Онекотан}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(オネコタン島}})</span>
|{{lang|en|Onekotan}}
|{{lang|ain-Kana|オンネ・コタン}}(大きな・村→大きな村)
|| 425 || 1324|| 49°25'|| 154°45'
|-
|{{ruby|[[春牟古丹島]]<br />{{smaller|はりむこたんとう}}<ref group="*">「はるむこたんとう」とも読まれる。また、加林古丹(かりんこたん)とも言い、由来は「カ・リン・ム・コタン(上・波<泥流>・這う・村→村の上を波<泥流>が這うように流れ下った村)」である。</ref>
|{{lang|ru|Харимкотан}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(ハリムコタン島}})</span>
|{{lang|en|Kharimkotan}}
|{{lang|ain-Kana|ハリム・コタン}}(オオウバユリ・村→オオウバユリの多い所)」<br />{{lang|ain-Kana|ハル・オマ・コタン}}(オオウバユリの鱗茎・そこにある・村→<br />オオウバユリがそこにある村)
|| 68 || 1157|| 49°05'|| 154°30'
|-
|{{ruby|[[越渇磨島]]<br />{{smaller|えかるまとう}}
|{{lang|ru|Экарма}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(エカルマ島}})</span>
|{{lang|en|Ekarma}}
|{{lang|ain-Kana|エカリ・マ・ウシ}}(安全な船着場の多い所)
|| 30 || 1170|| 48°55'|| 153°55'
|-
|{{ruby|[[知林古丹島]]<br />{{smaller|ちりんこたんとう}}
|{{lang|ru|Чиринкотан}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(チリンコタン島}})</span>
|{{lang|en|Chirinkotan}}
|{{lang|ain-Kana|チリン・コタン}}(汚れた波<泥流>・村)→泥流に呑まれた村」
|| 6 || 742|| 48°58'|| 153°30'
|-
|{{ruby|[[捨子古丹島]]<br />{{smaller|しゃすこたんとう}}
|{{lang|ru|Шиашкотан}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(シアシュコタン島}})</span>
|{{lang|en|Shiashkotan}}
|{{lang|ain-Kana|シャク・コタン}}(夏の・村)」「や {{lang|ain-Kana|シャシ・コタン}}(昆布・村)など諸説あり
|| 122 || 934|| 48°50'|| 154°05'
|-
|{{ruby|[[牟知列岩]]<br />{{smaller|むしるれつがん}}
|{{lang|ru|Скалы Ловушки}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(スカルラ・ロヴシュキ列岩}})</span>
|
|&nbsp;
|{{lang|ain-Kana|モシリ}}(島)
||||||||
|}
 
;====新知郡====
{| class="wikitable" style="font-size:90%;small"
!日本語名
!ロシア語名
!英語名
!名前の由来となったアイヌ語
!面積<br>{{読み|km{{sup|2}}|へいほうキロメートル}}
!最高標高<br>{{読み|m|メートル}}
!align=center|北緯
!align=center|東経
|-
|{{ruby|[[雷公計島]]|らいこけとう}}
!style="width:10em;"|日本語
|{{lang|ru|Райкоке}}<br><span style="speak:none">(ライコケ)</span>
!style="width:10em;"|ロシア語
|{{lang|en|Raikoke}}
!style="width:6em;"|英語
|{{lang|ain-Kana|ライ・コツ・ケ}}(地獄・穴、又は噴火口・所→地獄穴の所)」
!島名の由来となったアイヌ語
!align=center|面積<br />km{{sup|2}}
!align=center|最高標高<br />m
!align=center|北緯 '''N'''
!align=center|東経 '''E'''
|-
|[[雷公計島]]<br />{{smaller|らいこけとう}}
|{{lang|ru|Райкоке}}<br />{{smaller|ライコケ島}}
|Raikoke
|「ライ・コツ・ケ(地獄・穴、又は噴火口・所→地獄穴の所)」
|| 4,6 || 551|| 48°17'|| 153°15'
|-
|{{ruby|[[松輪島]]<br />{{smaller|まつわとう}}
|{{lang|ru|Матуа}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(マトゥア島}})</span>
|{{lang|en|Matua}}
|{{lang|ain-Kana|モト・ア}}(土着の者だ吾々は)」()(<br>かつて千島アイヌが千島列島を行き来していた中で、<br />本島に土着したアイヌが存在した
|| 52 || 1446|| 48°05'|| 153°10'
|-
|{{ruby|[[羅処和島]]<br />{{smaller|らしょわとう}}<ref group="*">日本語では「らしゅわとう」「らすつあとう」とも読まれる。</ref>
|{{lang|ru|Расшуа}}<ref group="*">"{{lang|ru|Расшя}}"とも。</ref><br><span /style="speak:none">{{smaller|(ラスシュア島}})</span>
|Rasshua
|{{lang|ain-Kana|ルシ・オ・ア}}(毛皮が・そこに・豊富にある)など諸説あり
|| 67 || 948|| 47°45'|| 153°00'
|-
|{{ruby|[[摺手岩]]<br />{{smaller|すれでいわ}}
|{{lang|ru|Среднего}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(スレドネワ島}})</span>
|{{lang|en|Srednego}}
|ロシア語の「スレドネワ({{lang|ru|Среднего}}/間の、中間の)」が変化したとされる
||||36||||
|-
|{{ruby|[[宇志知島]]<br />{{smaller|うししるとう}}
|{{lang|ru|Ушишир}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(ウシシル島}})</span>
|{{lang|en|Ushishir}}
|{{lang|ain-Kana|ウセイ・シル}}(温泉・大地→温泉のある大地)
|| 5 || 401|| 47°30'|| 152°50'
|-
|{{ruby|[[計吐夷島]]<br />{{smaller|けといとう}}
|{{lang|ru|Кетой}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(ケトイ島}})</span>
|{{lang|en|Ketoy}}
|{{lang|ain-Kana|ケウ・トイ}}(骸骨・悪い)<ref group="*">元禄御国絵図、正保御国絵図には島にある谷を「ケトナイ(両岸が骸骨のように聳立(しょうりつ)した渓谷)」との表記したことから島の名前に転じた。</ref>
|| 73 || 1172|| 47°20'|| 152°30'
|-
|{{ruby|[[新知島]]<br />{{smaller|しむしるとう}}<ref group="*">「しんしるとう」とも読まれる。</ref>
|{{lang|ru|Симушир}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(シムシル島}})</span>
|{{lang|en|Simushir}}
|{{lang|ain-Kana|シ・モシリ}}(大きい・島→大きい島)
|| 353 || 1539|| 47°00'|| 151°55'
|}
[[メナシクル|道東アイヌ]]の領域では、得撫郡のみが日露和親条約や樺太千島交換条約で定義するクリル(千島)列島に含まれた。
 
;====得撫郡====
{| class="wikitable" style="font-size:90%;small"
!日本語名
!ロシア語名
!英語名
!名前の由来となったアイヌ語
!面積<br>{{読み|km{{sup|2}}|へいほうキロメートル}}
!最高標高<br>{{読み|m|メートル}}
!align=center|北緯
!align=center|東経
|-
|{{ruby|[[武魯頓島]]|ぶろとんとう}}
!style="width:10em;"|日本語
|{{lang|ru|Броутона}}<br><span style="speak:none">(ブロウトナ)</span>
!style="width:10em;"|ロシア語
|{{lang|en|Broutona}}
!style="width:6em;"|英語
|島の名前は、1796年(寛政8年)から2年に渡り千島・サハリン沿岸を調査した、<br>イギリス海軍プロヴィデンス号の[[ウィリアム・ロバート・ブロートン|ブロートン]]艦長に由来する。アイヌ語では<br>「マカンルル(マック・アン・ルル=後ろ・ある・潮→後方の潮の中にある島)」
!島名の由来となったアイヌ語
!align=center|面積<br />km{{sup|2}}
!align=center|最高標高<br />m
!align=center|北緯 '''N'''
!align=center|東経 '''E'''
|-
|[[武魯頓島]]<br />{{smaller|ぶろとんとう}}
|{{lang|ru|Броутона}}<br />{{smaller|ブロウトナ島}}
|Broutona
|島の名前は、1796年(寛政8年)から2年に渡り千島・サハリン沿岸を調査した、<br />イギリス海軍プロヴィデンス号の[[ウィリアム・ロバート・ブロートン|ブロートン]]艦長に由来する。アイヌ語では<br />「マカンルル(マック・アン・ルル=後ろ・ある・潮→後方の潮の中にある島)」
|| 7 || 800|| 46°43'|| 150°45'
|-
|{{ruby|[[知理保以島]](北島)<br />{{smaller|ちりほいとう}}<ref group="*">「ちぇるぽいとう」とも読まれる。</ref>
|{{lang|ru|Чирпой}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(チルポイ島}})</span>
|{{lang|en|Chirpoy}}
|rowspan="2"|{{lang|ain-Kana|チリ・オ・イ}}(小鳥・そこに沢山いる・所→小鳥がそこに沢山いる所)」<br />北島と南島は、千島アイヌにはそれぞれ {{lang|ain-Kana|レプンモシリ}}<ref group="*">、{{lang|ain-Kana|レプ・ウン・モシリ}}(沖・ある・島→沖にある島)を意味する。</ref>、{{lang|ain-Kana|ヤンケモシリ}}<ref group="*">、{{lang|ain-Kana|ヤ・ウン・ケ・モシリ}}(陸、又は岸・ある・場所・島→陸の方にあるその島)を意味する。</ref><br />と呼ばれていた。
|| 21 || 691|| 46°30'|| 150°55'
|-
|{{ruby|[[知理保以島#知理保以南島|知理保以南島]]<br />{{smaller|ちりほいみなみとう}}<ref group="*">「ちぇるぽいみなみとう」とも読まれる。</ref>
|{{lang|ru|Брат Чирпоев}}<ref group="*">「チルポイの弟(兄)」の意。</ref><br><span /style="speak:none">{{smaller|(ブラト・チルポエフ島}})</span>
|Brat Chirpoev
|| 16 || 749|| 46°28'|| 150°50'
|-
|{{ruby|[[得撫島]]<br />{{smaller|うるっぷとう}}
|{{lang|ru|Уруп}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(ウループ島}})</span>
|{{lang|en|Urup}}
|{{lang|ain-Kana|ウルプ}}(紅鱒)
|| 1450 || 1426|| 45°50'|| 149°55'
|-
|}
 
=== 北方領土 択捉島以南===
{|class="wikitable" style="font-size:small"
今日、択捉島以南を[[北方地域|北方領土]]という。ここも道東アイヌの領域に含まれる。
!日本語名
 
!ロシア語名
{| class="wikitable" style="font-size:90%;"
!英語名
|-
!名前の由来となったアイヌ語
!style="width:10em;"|日本語
!面積<br>{{読み|km{{sup|2}}|へいほうキロメートル}}
!style="width:10em;"|ロシア語
!最高標高<br>{{読み|m|メートル}}
!style="width:6em;"|英語
!北緯
!島名の由来となったアイヌ語
!東経
!align=center|面積<br />km{{sup|2}}
!align=center|最高標高<br />m
!align=center|北緯 '''N'''
!align=center|東経 '''E'''
|-
|{{ruby|[[択捉島]]<br />{{smaller|えとろふとう}}
|{{lang|ru|Итуруп}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(イトゥルップ島}})</span>
|{{lang|en|Iturup}}
|{{lang|ain-Kana|エトゥ・オロ・プ}}(岬の・ある・所)
|| 3200 || 1634|| 44°50'|| 147°50'
|-
|{{ruby|[[国後島]]<br />{{smaller|くなしりとう}}
|{{lang|ru|Кунашир}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(クナシル島}})</span>
|{{lang|en|Kunashir}}
|{{lang|ain-Kana|クンネ・シリ}}(黒い・島→黒い島)または {{lang|ain-Kana|キナ・シリ}} または {{lang|ain-Kana|キナ・シル}}(草の・島→草の島)<br />(どちらが本当の由来かははっきりとしていない)
|| 1490 || 1822|| 44°05'|| 146°00'
|}
なお、色丹島、歯舞群島は千島列島(クリル列島)には含まれないと考えられる<ref group="*" name="shikotan habomai">サンフランシスコ平和会議における吉田茂総理大臣の受諾演説にて吉田首相は「日本の本土たる北海道の一部を構成する色丹島及び歯舞諸島」と発言している(外務省条約局法規課『平和条約の締結に関する調書VII』)。また、日本は平和条約を締結するに当たって、日本政府の立場を説明するために、米国に対して36冊に及ぶ資料を提出しているが、そのうち、1946年11月作成の「千島列島・歯舞・色丹」、1949年4月作成の「南千島・歯舞・色丹」という名の2冊が存在することからも当時の日本政府が色丹島と歯舞群島は千島列島には含まれないと認識していたことが明らかである(『日本外交史27 サンフランシスコ平和条約』 [[西村熊雄]]/著 鹿島平和研究所/編 鹿島平和研究所出版会 1971年)。戦前や終戦期の日本政府は色丹、歯舞を除く部分を千島列島と認識していた。しかし、領土問題が存在する現在の日本政府とロシア政府それぞれの千島列島の定義に関する見解はともにこれとは異なるものとなっている。日本政府は四島は千島列島ではないと主張し、ロシア政府は四島とも千島列島に含まれると主張している。なお、江戸時代以前の歯舞・色丹は[[根室国|根室場所]]付島々とされ、1885年1月6日に色丹島は根室場所を前身とする[[根室国]]から切り離されて[[千島国#国後場所の成立と択捉場所の分立|国後場所・択捉場所]]を前身とする[[千島国]]に属することとなった([[根室国]][[花咲郡]]の一部→千島国色丹郡)ことから色丹島のことを千島の一部に含めて呼ぶ人もいたようだが、これはあくまで千島国への編入であって地理的名称の千島列島への編入ではない。「千島色丹」の消印の切手もこのころから発行されるようになった。しかし、このことをもってしても、色丹島が千島列島に含まれないという当時の日本政府の公式な見解が変化したと指摘することはできない。「千島色丹」の消印はあくまで「千島国の色丹」という意味だからである。また、地質学の世界では色丹島と歯舞群島も南千島に含めることから、これらを南千島と記す文献も見られるが、あくまで地質学という一学術分野において通用している認識であって、この認識は領土問題における千島列島の範囲の問題とは、何ら関係がない。ちなみに地質学の世界では智理保以島や得撫島も南千島に含まれ、磨勘留島から捨子古丹島までは北千島に含まれており、この点についても政治上の千島列島の区分とはまったくかけ離れたものとなっており、地質学上の定義は政治問題とは何ら関係がないものと考えられる。</ref><!--大千島、小千島というのはロシアの名称で、普通日本では使わない表現です。-->が、便宜上、ここに併記することとする。
[[File:Малокурильское, o.Шикотан.png|right|thumb|色丹島の中心集落斜古丹、(ロシア名は「マロークリリスク」)]]
* '''[[色丹島]]'''(しこたんとう)
*: ロシア語表記:{{lang|ru|Шикотан}}(シコタン島)
*: 英語表記:Shikotan
*: 島名の由来となったアイヌ語:「シ・コタン(大きな村)」
*: 面積:250km{{sup|2}}
*: 最高標高:413m
*: 北緯:43°50'
*: 東経:146°45'
 
{|class="wikitable" style="font-size:small"
* '''[[歯舞群島]]'''(はぼまいぐんとう)
!日本語名
*: ロシア語表記:{{lang|ru|Острова Хабомай}}(ハボマイ諸島)
!ロシア語名
*: 英語表記:Habomai(Khabomai)
!英語名
*: 面積:97km{{sup|2}}
!名前の由来となったアイヌ語
*: 最高標高:45m
!面積<br>{{読み|km{{sup|2}}|へいほうキロメートル}}
*: 北緯:43°30'
!最高標高<br>{{読み|m|メートル}}
*: 東経:146°05'
!北緯
 
!東経
{| class="wikitable" style="font-size:90%;"
|-
|{{読み仮名|'''[[色丹島]]'''|しこたんとう}}
!style="width:10em;"|日本語
|{{lang|ru|Шикотан}}
!style="width:10em;"|ロシア語
|{{lang|en|Shikotan}}
!style="width:7em;"|英語
|{{lang|ain-Kana|シ・コタン}}(大きな村)
!島名の由来となったアイヌ語
|250km{{sup|2}}
|413m
|43°50'
|146°45'
|-
|{{読み仮名|'''[[歯舞群島]]'''|はぼまいぐんとう}}
|{{lang|ru|Острова Хабомай}}
|{{lang|en|Habomai}} または {{lang|en|Khabomai}}
|
|97km{{sup|2}}
|45m
|43°30'
|146°05'
|}
 
{|class="wikitable" style="font-size:small"
!日本語名
!ロシア語名
!英語名
!名前の由来となったアイヌ語
|-
|{{ruby|[[海馬島 (根室市)|海馬島]]<br />{{smaller|とどじま}}
|{{lang|ru|Осколки}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(オスコルキ島}})</span>
|{{lang|en|Oskolki}}
|
|&nbsp;
|-
|[[多楽島]]<ref group="*">「多羅久島」と表記される場合もある。</ref><br><span /style="speak:none">{{smaller|たらくとう}}
|{{lang|ru|Полонского}}<br />{{smaller|パロンスキー島}}</span>
|{{lang|en|Polonskogo}}
|{{lang|ain-Kana|トララ・ウク}}(皮紐・取る→皮紐を取る島)
|-
|{{ruby|[[志発島]]<br />{{smaller|しぼつとう}}
|{{lang|ru|Зелёный}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(ゼリョーヌイ島}})</span>
|{{lang|en|Zelyony}}
|{{lang|ain-Kana|シペ・オッ}}(鮭・群在する所)」
|-
|{{ruby|[[勇留島]]<br />{{smaller|ゆりとう}}
|{{lang|ru|Юрий}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(ユーリ島}})</span>
|{{lang|en|Yuri}}
|{{lang|ain-Kana|ユウロ}}(それの鵜がたくさんいる→鵜の島)」または「ウリル(鵜の島)
|-
|{{ruby|[[秋勇留島]]<br />{{smaller|あきゆりとう}}
|{{lang|ru|Анучина}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(アヌーチナ島}})</span>
|{{lang|en|Anuchina}}
|{{lang|ain-Kana|アキ・ユリ}}(弟・勇留→勇留の弟)
|-
|{{ruby|[[水晶島]]<br />{{smaller|すいしょうじま}}
|{{lang|ru|Танфильева}}<br><span /style="speak:none">{{smaller|(タンフィーリエフ島}})</span>
|{{lang|en|Tanfilyeva}}
|{{lang|ain-Kana|シ・ショウ}}(大きい・裸岩)
|-
|{{ruby|[[貝殻島]]<br />{{smaller|かいがらじま}}
|{{lang|ru|Сигнальный}}<ref group="*">「灯台島」の意。</ref><br><span /style="speak:none">{{smaller|(シグナリヌイ島}})</span>
|{{lang|en|Signalny}}
|{{lang|ain-Kana|カイ・カ・ラ・イ}}(波の・上面・低い・もの<岩礁>)
|}
 
3,840

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