「教養主義」の版間の差分

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===教養の定義A群===
まず、教養の捉え方として、[[知識]]の量と知識の領域<ref>「あらゆること」と「あること」に関することから知識を分類すると4つある。「あること」について「あること」を知っているのはそのうちの一つ。ヴィクトリア朝イギリスのインテリ界にこの考えは生まれる。青木育志『教養主義者・河合栄治郎』春風社、2012年、8頁参照。</ref>に着目すると、次の2つがある。
:*(A1) 教養とは「その集団人としての[[常識]]より少し上の知識、たしなみ」である。
:*(A2) 教養とは「大学教育における専門知識に対する基礎・関連の知識」である。
 
===教養の定義B群===
他方、教養の捉え方として、知識の質と知識への態度に着目すると、次の2つがある。
:*(B1) 教養とは「[[古典]]を尊び、[[学問]]する生き方を大切にすること<ref>それにはその言語([[外国語]])に習熟することが伴う。</ref>」である。
:*(B2) 教養とは「学問などを通して[[人格形成]]に努力すること」である。
 
===教養の定義C群===
他方、教養の捉え方として、[[人間]]と[[社会]]との関係に着目すると、次の2つがある。
:*(C1) 教養とは「自分らしく生きるために、[[世間]]に働きかけ、それを変えていく[[知恵]]・[[能力]]」である。これには数種の変種がある<ref>西洋社会史の中に知恵を見つけようとする者、[[ユルゲン・ハーバーマス]]の『公共性の構造転換』(1973年)をベースにする者、などあり。</ref>。
:*(C2) 教養とは「[[共同体]]を円滑にするために政治的行動すること」である<ref>マルクス主義の考えもこの変種であると考えられる。</ref>。
 
===六つの教養主義===
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