「モアブ婦人会」の版間の差分

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[[Image:Moab Women's Society.jpg|thumb|right|200px|1929年クリスマスのモアブ婦人会]]
'''モアブ婦人会'''(もあぶ(モアブふじんかい)は、[[内村鑑三]]の娘[[内村ルツ子]]の死を記念して結成された会である。
 
== 歴史 ==
[[1912年]]、内村鑑三の二女ルツ子が死去する。翌[[1913]]の[[命日|記念日]]に内村家ゆかりの夫人たちが集まった時に、内村鑑三の主唱で結成されたのがこの会である。1913年発足時は34名の会員がいた。ほとんどが内村聖書研究会の会員の夫人や姉妹など内村家に関係のあるメンバーである。
 
ルツ子の母親の[[内村静子]]が会長を務め、内村鑑三も時々出席した。毎週第3[[水曜日]]に会員に枝を順繰りに廻って会を開き、[[聖書]]研究と感話と祈りをして、軽い茶菓を供するという会であった。
 
毎週第三[[水曜日]]に会員に枝を順繰りに廻って会を開き、[[聖書]]研究と感話と祈りをして、軽い茶菓を供するという会であった。
 
== 主な会員 ==
*内村静子(会長)
*畔上むつ([[畔上賢造]]夫人)
*藤井喬子([[藤井武]]夫人)
*宝田あい子([[山本七平]]の夫人の母)
*黒崎寿美子([[黒崎幸吉]]夫人)
*南原百合子([[南原繁]]夫人)
*斎藤仁志([[斎藤宗次郎]]夫人)
*塚本善子([[塚本虎二]]の妹)
 
== 参考文献 ==
*[[内村美代子]]『晩年の父内村鑑三』[[教文館]]、1983年
*関根正雄『内村鑑三』[[清水書院]]、1983年
 
{{無教会主義}}
 
{{デフォルトソート:もあふふしんかい}}
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