「キルデベルト1世」の版間の差分

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523年、キルデベルトと同腹の兄弟たちは、母の教唆で[[ブルグント王国]]を攻めた。この戦争中に兄の[[オルレアン]]王[[クロドメール]]が戦死すると、キルデベルトと弟の[[ソワソン]]王[[クロタール1世]]は、クロドメールの幼い遺児たちから王国を横取りしようと企んだ。キルデベルトが母クロティルデに引き取られていた甥たちをおびき出し、クロタールが2人の甥を自らの手で刺殺した。キルデベルトは弟とオルレアン王国を折半し、領土を拡げた。
 
531年、妹[[クロティルダ (西ゴート王妃)|クロティルデ]]と夫の[[西ゴート王国|西ゴート王]][[アマラリック]]との不和を知ったキルデベルトは、アマラリックを攻めて彼を[[ナルボンヌ]]で破っている<ref>{{Cite book|和書|author=トゥールのグレゴリウス|year=2007|title=フランク史|publisher=新評論|pages=P.115}}</ref>
 
キルデベルトと弟クロタールは532年に2度目のブルグント遠征を開始し、534年にブルグント王[[ゴドマール2世]]を敗死させ、ブルグントを[[フランク王国]]領に併合した。キルデベルトはブルグントの一部と[[プロヴァンス王国|プロヴァンス]]を獲得し、その領土は一気に拡大した。