「スペイン坂」の版間の差分

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スペイン坂にあった[[喫茶店]]「阿羅比花(あらびか)」の店主・内田裕夫(やすお)は、写真で見た[[スペイン]]の風景に心を惹かれ、店の内装もスペイン風で統一していた<ref name="shibuyaku">[http://www.city.shibuya.tokyo.jp/shibuya/town/street.html 通りの名前] 渋谷区ウェブサイト、平成23(2011)年4月18日閲覧</ref>。[[1975年]]([[昭和]]50年)、その2年前に[[渋谷]]に店舗を開業していた[[パルコ]]から通りの命名を依頼された内田は、迷わず「スペイン坂」の名前を付け、命名後はスペイン坂の人々も協力して建物を南欧風にした<ref name="shibuyaku"/>。
 
なお、かつては「スペイン通り」と呼ばれていたとする文献もあり(本間健彦『街を創る夢職人たち』(三一書房、1989年)P.194-205)、同書によると「スペイン通り」という名前がメディアに紹介されはじめたのは、1978年に、熊谷商店によるビル「パティオ1」「渋谷スクェア」が開業したのがきっかけとされている。「スペイン通り」の名はイタリア料理店「五右衛門 スペイン通り店」に、そのなごりを残している。
 
== 関連項目 ==