「パトリシア (歌手)」の版間の差分

1974年の来日
(1974年の来日)
== 経歴 ==
この[[フランス]]の女性歌手は、[[1960年代]]後半から[[1970年代]]を通して'''パトリシア'''名義で様々な曲を吹き込み<ref name="p" />、[[1970年代]]はじめには'''パトリシア・ポーラン'''名義でも活動した<ref name="pp" />。[[1980年]]には'''ジェニー・ナスカ''' (Jenny Naska) という芸名で、新たな音楽ジャンルに取り組んだ<ref name="jn">{{Discogs artist|3523888|Jenny Naska}}</ref>。それ以前のヒット曲に、「Est-ce qu'une fille peut dire je t'aime」と「Quand on est malheureux」の2曲があり、いずれも{{仮リンク|ミシェル・ベルジェ|fr|Michel Berger}}の作品であった。
 
**[[1974年]]6月末には、[[第3回東京音楽祭]]のために来日して、[[6月29日]]のセミファイナルで「愛のロマンス (Je Suis Romantique)」を歌った。また、滞在中に、[[日本]]の[[歌謡曲]]を[[フランス語]]でカバーした日本独自企画盤のアルバム『[[終着駅〜グッドバイ・マイ・ラブ]]』を録音した<ref>{{Discogs master|1070985|Patricia (8) ‎– De Paris A Tokyo}}</ref>
 
== ディスコグラフィ ==
* ''Les Idées'' - 1969
* ''De Paris A Tokyo'' - 1974
** [[日本]]の[[歌謡曲]]を[[フランス語]]でカバーした日本独自企画盤『[[終着駅〜グッドバイ・マイ・ラブ]]』<ref>{{Discogs master|1070985|Patricia (8) ‎– De Paris A Tokyo}}</ref>
* ''Féminin, pluriel'' - 1975
* ''Recording'' - 1976