「海 (ドビュッシー)」の版間の差分

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{{External media
| width = 343px
| topic = 全曲を試聴する
| audio1 = [https://www.youtube.com/watch?v=k8NJRyfnYZ8 Debussy:La mer] - [[パーヴォ・ヤルヴィ]]指揮[[hr交響楽団]]による演奏。hr交響楽団公式YouTube。
| audio2 = [https://www.youtube.com/watch?v=6UMfL8wMALg Debussy:La mer] - [[ユライ・ヴァルチュハ]]指揮hr交響楽団による演奏。hr交響楽団公式YouTube。
| audio3 = [https://www.youtube.com/watch?v=I-kZN97ir_4 DEBUSSY:La mer] - [[:en:Fabien Gabel|ファビアン・ガベル]]指揮[[デトロイト交響楽団]]による演奏。デトロイト交響楽団公式YouTube。
| audio4 = [https://www.youtube.com/watch?v=ogYtW1Yb5s4 Debussy:'La Mer, trois esquisses symphoniques pour orchestre'] - [[チョン・ミョンフン]]指揮[[フランス放送フィルハーモニー管弦楽団]]による演奏。[[ラジオ・フランス|France Musique]]公式YouTube。
| audio5 = [https://www.youtube.com/watch?v=SgSNgzA37To Claude Debussy:La Mer] - [[クラウディオ・アバド]]指揮[[ルツェルン祝祭管弦楽団]]による演奏。EURO ARTS([[レコードレーベル]])公式YouTube。
| audio6 = [https://www.youtube.com/watch?v=kxEMgHGrAPM Claude Debussy - La Mer] - [[エサ=ペッカ・サロネン]]指揮[[パリ管弦楽団]]による演奏。EURO ARTS(レコードレーベル)公式YouTube。
}}
{{Portal クラシック音楽}}
[[File:Debussy - La Mer - The great wave of Kanaga from Hokusai.jpg|right|210px|thumb|『海』のスコア表紙]]
[[File: The Great Wave off Kanagawa.jpg|right|210px|thumb|『冨嶽三十六景』~「神奈川沖浪裏」]]
 
《『''''''管弦楽のための3つの交響的素描'''(うみ、{{lang-fr|'''''La Mer''''', ''trois esquisses symphoniques pour orchestre''}} ){{Refnest|group="注"|副題にある''esquisses symphoniques ''については「交響的素描」のほか、「交響的スケッチ」「交響的エスキス」などと訳される。フランス語の「[[エスキース|エスキス]]」は絵画の用語で「完成前の段階」の作品を指し、その英語訳の「スケッチ」、日本語訳の「素描」とはニュアンスが若干異なる<ref name="井上15">井上さつき『ドビュッシーと絵画:複合芸術研究の試み』ミクスト・ミューズ:愛知県立芸術大学音楽学部音楽学コース紀要、2009年3月31日、{{NAID|120001059712}}</ref>。また、慣例的に《[[交響詩]]『海』》と呼ばれることもある<ref name="金子">金子健志編『200CD オーケストラの秘密-大作曲家・名曲のつくり方』立風書房、1999年8月20日、ISBN 4-651-82042-5、196頁</ref>。}}は、[[フランス]]の作曲家[[クロード・ドビュッシー]]が[[1903年]]から[[1905年]]にかけて作曲した[[管弦楽曲]]。副題のいた3つの楽章(第1楽章「'''海上の夜明けから真昼まで'''」-第2楽章「'''波の戯れ'''」-第3楽章「'''風と海との対話'''」(1. ''De l'aube à midi sur la mer''-2. ''Jeux de vagues''-3. ''Dialogue du vent et de la mer'' ))からで構る[[されており、演奏所要時間は23分~24分<ref name="解説全集413">平島正郎『最新名曲解説全集第5巻-管弦楽曲II』(ドビュッシー『海』の項)、音楽之友社、1980年5月1日、413頁</ref>。<br />作品は、楽譜を出版した[[デュラン (出版社)|デュラン社]]であの経営者[[ジャック・デュラン]](''Jacques Durand'')に献呈されてい<ref name="解説全集413" />{{Refnest|group="注"|ドビュッシーは1905年[[7月18日]]に、今後作曲した作品を全てデュラン社から出版する専属契約を結んだ<ref name="伝記266">フランソワ・ルシュール 笠羽映子訳『伝記 クロード・ドビュッシー』音楽之友社、2003年9月10日、ISBN 4-276-13162-6、266頁</ref><ref name="音友6">マックス・ポンマー 寺本まり子訳 ポケットスコア『ドビュッシー:海』(はしがき)音楽之友社、1992年9月10日、6頁</ref>。}}
演奏時間は23分-24分<ref name="解説全集413">平島正郎『最新名曲解説全集第5巻-管弦楽曲II』(ドビュッシー『海』の項)、音楽之友社、1980年5月1日、413頁</ref>。作品は、楽譜を出版した[[デュラン (出版社)|デュラン社]]の経営者[[ジャック・デュラン]](''Jacques Durand'')に献呈されている<ref name="解説全集413" />{{Refnest|group="注"|ドビュッシーは1905年[[7月18日]]に、今後作曲した作品を全てデュラン社から出版する専属契約を結んだ<ref name="伝記266">フランソワ・ルシュール 笠羽映子訳『伝記 クロード・ドビュッシー』音楽之友社、2003年9月10日、ISBN 4-276-13162-6、266頁</ref><ref name="音友6">マックス・ポンマー 寺本まり子訳 ポケットスコア『ドビュッシー:海』(はしがき)音楽之友社、1992年9月10日、6頁</ref>。}}。
 
== 何から着想を得たのか ==
{{multiple image
[[File: Debussy and Stravinsky - photo by Satie.jpg|right|210px|thumb|サティが撮影したドビュッシー(左)とストラヴィンスキー(1910年)。部屋の後方に北斎の「神奈川沖浪裏」が飾られている。]]
| align = right
| direction = vertical
| width = 210
| image1 = The Great Wave off Kanagawa.jpg
[[File:| Thealt1 Great Wave off Kanagawa.jpg|right|210px|thumb| = 葛飾北斎『冨嶽三十六景』から「神奈川沖浪裏」]]
| caption1 = 葛飾北斎『冨嶽三十六景』から「神奈川沖浪裏」
| image2 = Debussy and Stravinsky - photo by Satie.jpg
[[File: | Debussyalt2 and Stravinsky - photo by Satie.jpg|right|210px|thumb|サティが撮影した= ドビュッシー(左)とストラヴィンスキー(1910《1910にサティが撮影》。部屋の後方に北斎の「神奈川沖浪裏」が飾られているのが見える。]]
| caption2 = ドビュッシー(左)とストラヴィンスキー《1910年に[[エリック・サティ|サティ]]が撮影》。部屋の後方に北斎の「神奈川沖浪裏」が飾られているのが見える。
}}
1905年にフランスで出版された『海』初版の[[総譜|オーケストラスコア]] {{Refnest|group="注"|1905年[[7月18日]]に出版され<ref name="松橋110">松橋麻利『作曲家◎人と作品-ドビュッシー』、音楽之友社、2007年5月10日、ISBN 978-4-276-22189-5、110頁</ref>、いくつかの手直しを経て同年11月15日に発売された<ref name="伝記270" />。}}の表紙デザインには、ドビュッシー自身の希望により、[[葛飾北斎]]の『[[冨嶽三十六景]]』の1つ「[[神奈川沖浪裏]]」(正確にはその左半分の大きな[[波]]の部分)が用いられた<ref name="伝記272">ルシュール、『伝記』272頁</ref>。
ドビュッシーは若い頃、後に [[オーギュスト・ロダン]]の妻となる[[カミーユ・クローデル]]と親しくしており、彼女から北斎の版画や日本美術についてレクチャーを受けたとされる<ref name="伝記120">ルシュール、『伝記』120頁</ref>。また、彼の自室には[[オディロン・ルドン]]の石版画やカミーユ・クローデルの彫刻などとともに北斎の「神奈川沖浪裏」が飾られていたとされ<ref name="伝記423">ルシュール、『伝記』423頁</ref>、実際にそのことを示す写真も残されている。
 
== 『海』作曲当時のドビュッシー ==
『海』当楽曲は、前述のとおり1903年から1905年にかけて作曲された。この時期にドビュッシーは次のような状況に置かれていた。
 
=== 作曲家としての名声 ===
 
== 初演 ==
[[File:Debussy - La Mer - The great wave of Kanaga from Hokusai.jpg|right|210px|thumb|1905年に出版された『海』初版スコア表紙]]
作品の完成後、初演に向けてのリハーサルが始まるが、ドビュッシーは初演を担当する指揮者[[カミーユ・シュヴィヤール]]を全くといってよいほど信頼していなかった{{Refnest|group="注"|ドビュッシーは、ジャック・デュラン宛の1905年10月10日の書簡にて、シュヴァイヤールを「芸術家とは言いがたい人間<ref name="書簡集205">ルシュール、『書簡集』205頁</ref>」と評している。}}。また、オーケストラに配付されたパート譜には誤植が多く、ドビュッシーは本番直前まで間違った音の修正に追われるという有様であった<ref name="書簡集205" />{{Refnest|group="注"|ドビュッシーは初演の5日前の段階でも第2楽章のチェックが終わっていなかった<ref name="書簡集205" />。}}。
このような状態の中、1905年[[10月15日]]、[[パリ]]においてシュヴァイヤール指揮[[コンセール・ラムルー|ラムルー管弦楽団]]により『海』の初演は行われた{{Refnest|group="注"|当日のプログラムは、[[ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン|ベートーヴェン]]の[[交響曲第7番 (ベートーヴェン)|交響曲第7番]]、 [[ヴァンサン・ダンディ|ダンディ]]の『[[フランスの山人の歌による交響曲]]』、ドビュッシーの『海』、[[エクトル・ベルリオーズ|ベルリオーズ]]の『[[ローマの謝肉祭 (序曲)|ローマの謝肉祭]]』であった<ref name="伝記270">ルシュール、『伝記』270頁</ref>。}}。
 
=== 第1楽章「海上の夜明けから真昼まで」 ===
{{External media
| width = 310px
| topic = 第1楽章『海上の夜明けから真昼まで』<br />を試聴する
| audio1 = [https://www.youtube.com/watch?v=LjSdHyDiJOs ナクソス・クラシック・キュレーション] - [[準・メルクル]]指揮[[リヨン国立管弦楽団|フランス国立リヨン管弦楽団]]による演奏。[[ナクソス (レコードレーベル)|ナクソス・ジャパン]]公式YouTube。
}}
低音の「ロ」音の上に、ハープが完全5度(「嬰ヘ」音)、長6度(「嬰ト」音)の響きを作り出し、チェロが'''A'''を提示する。序奏部は[[ロ短調]]を示す記号が記されているが音階の第3音を欠いており[[調性]]は曖昧である。やがて'''B'''が提示されるが、「ハ」音から始まるこの主題はさらに調性を曖昧なものにしている。序奏部は'''B'''の提示を中心にしたアーチ型の構造であり<ref name="沼野論文31">沼野(1999)、31頁</ref>、最後の部分でややテンポを速め、[[変ニ長調]]の主部に入る。主部は、木管による主要主題、ホルンによる第35小節目からの主題を軸とした前半と、4部に分かれたチェロによって奏される動的な主題を軸とした後半に大きく二分されるが<ref name="バラケ234">バラケ、前掲書234頁</ref>、いずれのセクションにも'''A'''、'''B'''が登場することによって楽曲としての統一が図られている。コーダでは第132小節目に'''B'''から派生した[[コラール]]風の主題が現れ、'''A'''から派生した音型と主部の主要主題とが同時に奏されるクライマックスに至る。楽章の最後は長6度(「変ロ」音)が付加された変ニ長調の主和音で締めくくられるが、「長6度の響き」はすでに楽章の開始段階で準備されていたものである<ref name="音友8" />。
 
=== 第2楽章「波の戯れ」 ===
{{External media
| width = 310px
| topic = 第2楽章『波の戯れ』を試聴する
| audio1 = [https://www.youtube.com/watch?v=xykD2vU6lUU ナクソス・クラシック・キュレーション] - 準・メルクル指揮フランス国立リヨン管弦楽団による演奏。ナクソス・ジャパン公式YouTube。
}}
一種の[[スケルツォ]]楽章である<ref name="小鍛冶96">小鍛冶、前掲書96頁</ref>。8小節の短い導入{{Refnest|group="注"|音楽学者の{{仮リンク|アンドレ・シェフネル|Fr|André Schaeffner}}は、第2楽章の冒頭には[[リヒャルト・ワーグナー|ワーグナー]]の『[[トリスタンとイゾルデ]]』の「第2幕への[[前奏曲]]」の影響が見られると指摘している<ref>アンドレ・シェフネル『ドビュッシーをめぐる変奏-印象主義から遠く離れて』みすず書房、2012年2月14日、ISBN 978-4-622-07265-2、149頁</ref>。}}に続き、[[全音音階]]的な主要主題がコーラングレによって提示される。第2楽章ではこの主題を中心として、第36小節目からの[[トリル]]を伴った弦楽器による主題、第62小節目からの主題(第50小節目からのホルンによって奏される経過句から派生したもの)、第123小節目に登場するトランペットの動機が、それぞれ独自に変容しながら複雑に組み合わされる<ref name="小鍛冶90">小鍛冶、前掲書90頁</ref><ref name="ブーレーズ54">ピエール・ブーレーズ/クロード・サミュエル 笠羽映子訳『エクラ/ブーレーズ-響きあう言葉と音楽』青土社、2006年1月20日、ISBN 4-7917-6251-7、54頁</ref>。こうしたこの楽章の性格を、作曲家・指揮者の[[ピエール・ブーレーズ]]は「'''絶えず一新される形式'''<ref name="ブーレーズ206">ブーレーズ、前掲書206頁</ref>」と呼んだ{{Refnest|group="注"|「'''絶えず更新される形式'''」と訳される場合もある<ref name="小鍛冶97">小鍛冶、前掲書97頁</ref>。}}。
 
=== 第3楽章「風と海の対話」 ===
{{External media
| width = 310px
| topic = 第3楽章『風と海の対話』を試聴する
| audio1 = [https://www.youtube.com/watch?v=egZsz_YCldU ナクソス・クラシック・キュレーション] - 準・メルクル指揮フランス国立リヨン管弦楽団による演奏。ナクソス・ジャパン公式YouTube。
}}
ティンパニとバスドラムの'' pp ''の[[ロール (打楽器)|ロール]]に始まり、チェロとコントラバスが、[[半音階]]で上行する3連符を含む主要動機を提示する(下の譜例)。続いて、第25小節目でコーラングレとクラリネットが'''A'''を、第31小節目からはトランペットが'''B'''を提示する。第56小節目からは冒頭の主要動機のリズムに乗って木管群が第3楽章の主要主題を提示し、音楽は'''A'''、'''B'''との相互作用を繰り返しながら展開していく。途中、第1楽章のコーダで登場したコラール風の主題が、第133小節目からは'' p ''で、第259小節目からは'' f ''で現れる。2回目のコラール風主題の後、'''A'''、'''B'''に基づくコーダとなり、'' fff ''による「変二」音で全曲を締めくくる。
バラケは、この楽章が対照的な2つの「力」(「混沌とした運動」、「歌う旋律」)の二元性に基づく構造であることを示唆している<ref name="バラケ240-241">バラケ、前掲書240-241頁</ref>{{Refnest|group="注"|ただし、具体的な譜例や小節番号などは明示されていない。なお、バラケは、「風と海との対話」という副題が楽章の構造の二元性を示しているとも指摘している<ref name="バラケ240-241" />。}}。