「バブル世代」の版間の差分

学生時代に、学習指導要領が改訂され、ゆとり教育に方針転換後に教育を受けた「ゆとり教育」世代ともいわれている<ref group="注釈">これは[[新数学]]に代表される[[学習指導要領]]があまりにも強烈な詰込みを行っていた(今の高校2年の統計学を中学3年で先取りしてやっていた)ため、是正して元に戻しただけの話である。ところが、移行の際に指導内容の変更が著しく、教師が対応に追われる中で児童の習熟が追い付かなかったことは否定できない。</ref><ref>{{Cite book|title=池上彰の「日本の教育」がよくわかる本|date=2014年5月22日|year=|publisher=PHP文庫|page=72}}</ref>。しかし、実際には、内容はほとんどそのままで授業時間だけが削減されたため(但し当時はまだ[[学校週5日制]]ではなかった)、消化不良や落ちこぼれといった問題も起きた<ref>{{Cite book|title=池上彰の「日本の教育」がよくわかる本|date=2014年5月22日|year=|publisher=PHP文庫|page=81}}</ref>。
 
一方、入学試験などの競争が徐々に激しくなった世代であり、当時の[[いじめ]]問題について、要因の一つとして[[受験競争]]による[[ストレス (生体)|ストレス]]が挙げられている<ref>『文部省第113年報」(昭和60年度)』([[文部科学省]])</ref><ref group="注釈">[[新数学]]世代のほうがストレスが高かったため、比較材料には本来ならない。しかし、バブル世代を直撃したのは「地方や田舎の労働者一家の子供でも国公立大学を無理に目指す」というこれまでには見られなかった現象である。これはポストバブル世代以降、さらに顕著になる。</ref>。高校進学率は当時[[総合選抜]]や[[地元集中]]などの制度を実施していた都道府県も多かったため、進学率の低下傾向はほとんど現れず、90%台を維持していたが、大学・短大合格率は、[[1967年]](昭和42年度)生まれから[[1971年]](昭和46年度)生まれ([[1986年]](昭和61年度)から[[1990年]](平成2年度))にかけて低下し続け、[[1990年]](平成2年度)には大学合格率は63%になり、[[1967年]](昭和42年度)の62%以来の最低の値となった<ref>{{PDFlink|[http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/001/03052801/006/001.pdf 文部科学省調査「大学合格率」]}} 2011年1月23日閲覧</ref>。
 
高校・短大を出て就職し、寿退社するのが一般的だった女性のライフコースに、4年生大学を出て男性と同じように働く選択肢が加わるようになった<ref>【nippon.com】[https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00535/ 団塊、バブル、氷河期、ゆとり : それぞれの世代の特徴は?]2019年9月6日</ref>世代とも表現される。
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