「ソビエト連邦閣僚会議」の版間の差分

削除された内容 追加された内容
編集の要約なし
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
編集の要約なし
タグ: モバイル編集 モバイルウェブ編集
46行目:
'''ソビエト連邦閣僚会議''' (ソビエトれんぽうかくりょうかいぎ、{{lang-ru|Сове́т мини́стров СССР}})は、[[1946年]]に発足した[[ソビエト連邦]]の最高執行機関であり、[[ソビエト連邦人民委員会議]]の後身にあたる。
 
組閣は[[ソビエト連邦最高会議]]が行い,個々の構成員の任免は[[ソビエト連邦最高会議幹部会]]が行い,ソ連邦最高会議の事後承認を受ける。[[ソビエト連邦の首相|閣僚会議議長(首相)]],同第一副議長(第一副首相),同副議長(副首相),各省閣僚および各種国家委員会などの議長,連邦構成共和国閣僚会議議長により構成される。人員が 100名近くになるので,首相,第一副首相,副首相により[[インナーキャビネット]]であるソ連邦閣僚会議幹部会が形成されている。ソ連邦最高会議と同幹部会に対して責任を負い,行政,外交の一般的指導,徴兵人員の決定,軍隊の編成,各共和国閣僚会議決定の取消しなどの権限をもつ[[1988年]]以後の[[ミハイル・ゴルバチョフ]]の政治改革により,閣僚会議の位置づけも大きく変わった。[[1990年]]12月の[[ソビエト社会主義共和国連邦憲法 (1977年)]]改正で[[大統領]]直属の[[内閣]]<ref>[[:ru:Кабинет министров СССР]]</ref>に改編され<ref name=britainica/>、大統領が首相や大臣の人事権をもち,内閣の決定を破棄することもできることになった。[[ソ連崩壊]]に伴い[[1991年]]に廃止された。
 
== 脚注 ==