「ニューロマンティック」の版間の差分

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1980年代当時、日本においてニューロマンティック・バンドと呼べるものが存在していたのか証明するのは難しい。近い存在としては[[一風堂]]のギタリスト[[土屋昌巳]]が活躍していた。彼は後期ジャパンのメンバーとして、また[[アーケイディア]](デュラン・デュランの派生ユニット)のサポートメンバーとしても活動していて、ニューロマンティック・バンドとそれなりに付き合いもある{{sfn|Amabile|2011|page=795}}。しかし一風堂そのものがニューロマンティック・バンドだったのかどうかは意見が分かれるだろう。また、デビュー当時の[[TM NETWORK]]のファッションにもニューロマンティックの影響が窺える。既にベテランの歌手だった[[沢田研二]]も、アダム&ジ・アンツなどのサウンドやファッションを取り入れた{{sfn|鈴木|2015|page=143}}。
とはいえニューロマンティックに逸早く反応したのはむしろ、[[本田恭章]]や[[中川勝彦]]、[[松岡英明]]といった当時は"アイドル系"とみなされていたソロ・アーティストたちであった。
[[バンドブーム]]以降は、[[GRASS VALLEY]]、[[SOFT BALLET]]、[[Access (音楽ユニット)|access]]{{要曖昧さ回避|date=2020年3月}}、[[LUNA SEA]]、[[SHAZNA]]、[[L'Arc~en~Ciel]]など[[ヴィジュアル系]]バンドたちのメンバーが、ニューロマンティック・バンドからの影響を公言するようになった。
しかし、彼らがポスト・ニューロマンティックとみなされることはあまりない。むしろヴィジュアル系の多くはポスト・[[ゴシック・ロック]]、ポスト・[[ポジティヴ・パンク]]とみなされることが多い。
1990年代後半には、[[テイ・トウワ]]と[[今田耕司]]のユニット[[KOJI1200]]のデビュー曲「ナウ ロマンティック」の曲調及び衣装がニューロマンティックをモチーフにしていて、正にネオ・ニューロマンティック・サウンドであった(とはいえこの楽曲は、ニューロマンティックに対する風刺として作られた可能性も否定できない){{sfn|鈴木|2015|page=141}}。
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