「板橋高校卒業式事件」の版間の差分

[[2004年]][[3月26日]]午前、[[威力業務妨害罪]]の疑いで、[[警視庁]][[板橋警察署|板橋署]]は、板橋高校に入り、校長らから事情聴取する。また、捜査員13人で、板橋高校構内での実況見分も行う。午後に、板橋高校より、威力業務妨害と[[建造物侵入]]の容疑で被害届が提出される。その後、卒業生や教員からも事情聴取がなされる。
 
同年[[5月21日]] 元教師Aの自宅に[[家宅捜索]]が入る。[[捜]][[令状]]が示され、「開けないと、ドアぶっ壊すぞ」との捜査員の怒号があったとされる。ビラ・ハガキなどが押収される。また5月31日に事情聴取のため出頭するようにという「呼び出し状」も出されるが、元教師Aは拒否する。[[毎日新聞]]では、「『卒業式の混乱』を理由とした強制捜査は極めて異例」としている。[[7月1日]]に、『A先生を応援する会』<ref name="two">Aには元教師Aの苗字が入る</ref>より、『都立板橋高校 A先生を救おう』<ref name="two">Aには元教師Aの苗字が入る</ref>の署名活動がなされる<ref>[http://www.jca.apc.org/~p-news/houhuku/fujita_syomei.pdf 緊急署名-都立板橋高校 A先生を救おう]</ref>。[[8月29日]]まで、その後、5回出頭要請がなされた<ref name="three">[http://www003.upp.so-net.ne.jp/eduosk/itabasi-syomei-yobikake.htm 都立板橋高校A先生の無罪を求める署名]</ref>。[[9月17日]]の事情聴取には、人定尋問以外は黙秘ということで、元教師Aは応じている<ref name="three"/>。[[10月7日]]に、[[警視庁公安部]]から[[東京地方検察庁]]に書類送検される。
 
== 裁判および裁判闘争 ==
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