「姚広孝」の版間の差分

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== 逸話 ==
* [[劉秉忠]]の死後、およそ100年を経て[[永楽帝]]のブレーンとなった姚広孝は彼の生まれ変わりとまで称された。<ref>{{citeCite wikisource|title=明史/卷145|author=[[張廷玉]]|zh|nobulletwslanguage=yeszh}}姚廣孝,長洲人,本醫家子。年十四,度為僧,名道衍,字斯道。事道士席應真,得其陰陽術數之學。嘗遊嵩山寺,相者袁珙見之曰:「是何異僧!目三角,形如病虎,性必嗜殺,'''劉秉忠'''流也。」道衍大喜。</ref>
* 燕王に初めて会った際、「あなたに白い帽子をかぶせましょう。」と言ったという。「王」の字に「白」の字を乗せることで「皇」という字になるから、「あなたを王から皇帝にしてさし上げよう。」という意味である。
* 晩年、故郷に錦を飾ろうと帰郷したが、姉も知人も面会を拒んだため、諦めて帰ろうとした際、家から飛び出してきた姉に「和尚は道を過てり」と罵られ、落胆して故郷を去ったという。当時の民間では靖難の変がどのように評価されていたかが分かるエピソードである。