「志村けん」の版間の差分

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[[1996年]]9月頃、突如として「'''志村けん[[死亡説]]'''」が全国的に流布する<ref name=sankei961026>『[[産経新聞]]』1996年10月26日付東京夕刊</ref>。[[パソコン通信]]などを通じて広まった<ref name=sankei961026 />。
 
噂は尾ひれがついて拡大し、「[[群馬県]]の[[ゴルフ場|赤城国際カントリークラブ]]で急性[[心筋梗塞]]を起こし急死した」「[[尾瀬]]を観光中に[[尾瀬沼]]に落ちて溺死した」「[[たばこ]]の吸い過ぎが原因の[[肺癌|肺がん]]で、[[栃木県]]立[[がんセンター]]で死んだ」「栃木県の[[国道]]で[[交通事故]]に巻き込まれて事故死した」「死んだことは[[四十九日]]法要が過ぎてからでないと公表されない(この時期に亡くなった[[渥美清]]が遺言に「四十九日法要が済むまで公表するな」と書いていたことからとされる)」「今放送している番組は生前に撮り溜めしたもの」などと具体的な内容の噂に発展。栃木県立がんセンターが「志村(康徳)さんは入院していない」という異例の声明を出すに至り、[[9月28日]]には本人が[[インターホン]]越しに記者会見し、健在をアピールする事態になった。
 
この時期、志村は健康体で、入院が必要な大きな病気やケガもしておらず、噂の発生原因は不明だが、「志村のゴールデンタイムの全国ネット番組が終了したことで志村が自殺したのではないか?」「収入が無くなって死んだ」などという噂が週刊誌などでも広まった。騒動が収まったのち、[[高木ブー]]が自身が聞いた発生説として「この時期に『しむらけん』という人が北関東地方<ref>高木が話した伝播元である北関東のうち[[群馬県|群馬]]や[[栃木県|栃木]]は志村姓が多い。他には[[甲信越地方|甲信越3県]]も志村姓の多い県である。これは志村一族のルーツが[[甲斐国|甲斐]]を発祥とするとされ、元甲斐武田氏家臣の志村又左衛門が志村氏の先祖であるという。志村又左衛門は[[天正]]10年([[1582年]])3月の武田氏滅亡後は[[徳川家康]]に臣従し、『[[甲斐国志]]』によれば[[八王子千人同心]]頭として関東へ移住したとのこと。なお、[[新潟県]]には志村姓も多いが「碇矢姓の発祥の地」と書籍で公表される程、碇矢姓も多い(いかりや浩一著『親父の遺言』より)。</ref>で亡くなり、それが志村と混同されたからだ」と語っている(志村の本名は康徳であり志村けんは芸名である)。