「クヌート1世 (スウェーデン王)」の版間の差分

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クヌート1世
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== 生涯 ==
11501150年に[[エリク9世 (スウェーデン王)|エリク9世]]の子として生まれた。母親クリスティーナは[[インゲ1世 (スウェーデン王)|インゲ1世]]の孫娘であるためクヌートは[[ステンキル家]]の血を引いている。
 
10歳ごろに父によって使節としてローマに派遣され、ローマ教皇にあった。父エリク9世が[[マグヌス2世 (スウェーデン王)|マグヌス2世]]に暗殺された際もクヌートはローマにいたため助かった。マグヌス2世が死ぬとスウェーデンに戻りマグヌス2世を殺して王位を奪った[[カール7世 (スウェーデン王)|カール7世]]を殺して王位に就いた。即位したクヌートはローマに似せた教会を建て、異教徒を弾圧した。さらに戴冠式を行おうとしたが、その前に死んだ。この時代の王としては長く在位し、死因は暗殺ではなく自然死だった。息子の[[エリク1010世(スウェーデン王)|エリク]]は戴冠をなしとげた。
{{先代次代|スウェーデン王|(1167年-1196年)|[[カール7世(スウェーデン王)|カール7世]]|[[スヴェルケル2世(スウェーデン王)|スヴェルケル2世]]}}{{基礎情報 君主|人名=クヌート1世/クヌート・エリクソン|君主号=スウェーデン王|在位=1167年-1196年|出生日=1150年|生地=ヴェステルイェートランド|死亡日=1196年4月8日|没地=ヴェステルイェートランド|配偶者1=セシリー・ヨハンスドッター|子女=[[エリク10世(スウェーデン王)|エリク10世]]|王家=[[エリク家]]|父親=[[エリク9世(スウェーデン王)|エリク9世]]|母親=クリスティーナ|宗教=[[キリスト教]]ローマ・[[カトリック]]}}{{スウェーデン王}}
 
{{先代次代|スウェーデン王|([[1167年]]-[[1196年]])|[[カール7世 (スウェーデン王)|カール7世]]|[[スヴェルケル2世 (スウェーデン王)|スヴェルケル2世]]}}
 
 
 
 
 
 
 
 
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