「モーリス・エマニュエル」の版間の差分

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エマニュエルの関心は、[[民謡]]や[[オリエント]]の音楽、異国の[[旋法]]にあった。エマニュエル作品の旋法の用法はドリーブを不愉快にし、ドリーブはエマニュエルの[[ローマ大賞]]への参加申請を差し止めた。その後エマニュエルは学問の道を歩み、[[1895年]]に[[古代ギリシャ]]の音楽に関する論文を執筆し、[[1909年]]にパリ音楽院作曲科の教授に任命された。門人に[[オリヴィエ・メシアン]]がいる。[[1904年]]から[[1907年]]まで、([[シャルル・トゥルヌミール]]がオルガニストを務めた)聖クロティルド教会の聖歌隊指揮者を務める。
 
その後も作曲活動を続け、中でも'''ピアノのための《6つのソナチネ》'''は興味深い作品である。第1番は[[ブルゴーニュ]]の[[民族音楽|民俗音楽]]、第2番は鳥の声、第3番のフィナーレはブルゴーニュ民謡を挿入しており、第4番は「インドの様々な旋法によって''en divers modes Hindous'' 」との副題がついている。
 
===主要作品一覧===
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