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| 更新日 = 2012年5月4日
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'''坂本 勉'''(さかもと つとむ、[[1962年]][[8月3日]] - )は、日本の元[[競輪選手]]・元[[自転車競技]]選手。現在の[[青森県]][[三戸郡]][[南部町 (青森県)|南部町]]出身。[[日本競輪選手養成所|日本競輪学校]](当時。以下、競輪学校)第57期卒業。日本競輪選手会青森支部所属。師匠は実兄の[[坂本典男]]。初出走は[[1986年]][[5月10日]]の[[青森競輪場]]で初勝利も同日。[[ABO式血液型|血液型]]はO型。
 
同県所属94期生[[坂本貴史]]は長男、100期生[[坂本周輝]]の実父であり師匠。また三は次、117期生[[坂本紘規]]は[[日本競輪選手養成所]]第117期候補生<ref>{{cite web |format=PDF |url=http://keirin.jp/pc/dfw/portal/guest/news/2019khn/01/pdf/20190117_01_07.pdf |title=第117回生徒 主なる合格者 |publisher=keirin.jp |date=2019-01-17 |accessdate=2019-05-19 }}</ref>三男。同県所属91期生[[坂本昌宏]]・105期生[[坂本周作]]は甥(典男の子息)。周作と同期の[[磯島康祐]]も勉の甥に当たり自身が師匠。
 
==自転車競技での戦績==
 
==競輪選手としての戦績==
大学卒業後は日本競輪学校へ入学。デビュー後暫くは、当時の制度による卒業同期選手のみで行われた新人リーグ競走で圧倒的な力を示し、リーグ終了後も含めて35連勝を記録を樹立した<ref>特別進級(特進)制度が設けられるようになってからの最多連勝記録保持者。特進制度がなかった時代を含めると、1962年に[[須田一二三]]がデビュー戦以降、37連勝を記録している。なお、36レース目は堂田将治(北海道)の番手捲りによってついえた。</ref>。
 
そしてトップクラスのS級でも実力を遺憾なく発揮し、[[1989年]]には[[オールスター競輪]]で特別競輪(現在の[[競輪の競走格付け#GI (G1)|GI]])初優勝を果たして獲得賞金1億円突破も確定的になっていたが、[[KEIRINグランプリ]]中止のため、あと70万ほど届かず幻となった<ref>中止による補償金は支給されたが賞金としては算出されなかった。</ref>。しかし[[1990年]]のKEIRINグランプリを制した(歴代4人目)ことで、賞金1億円突破と2年連続の賞金王を達成し、競輪の頂点に上り詰めた。