「京都伏見介護殺人事件」の版間の差分

ここで終わりやで。」「そうか、あかんか。 一緒やで。」「こっち来い、わしの子や。」などの言葉をかけるとYは殺害を決意。母親の首を絞めて殺害、自らも包丁やロープを用いて心中を図ろうとしたが失敗し、その後逮捕された。
 
母子のあまりの悲惨な境遇から各所で多くの同情を誘った。同年7月に[[京都地裁]]で行われた裁判では、検察官ですらその困窮ぶりに同情し、福祉事務所の冷淡な対応などに苦言を呈すなど批判的な弁論を行った。Yは「母の命を奪ったが、もう一度母の子に生まれたい」と供述し、法廷は静まり返った。裁判官は福祉行政の在り方に対して疑問を投げかけると同時に、Yに対して「自分で自分をあやめることのないように、お母さんのためにも幸せに生きてほしい」と述べ、懲役2年6月、執行猶予3年という殺人事件としては異例温情判決を下した。Yも「母の年まで生きる」と語った。
 
Yはその後木材会社などで職を得るなどして細々と生活していたが、不況を端としたリストラに遭い退職。事件から8年後の[[2014年]]、[[琵琶湖大橋]]から投身自殺した。遺体に身に着けていたポーチからは母親のへその緒と「一緒に焼いてほしい」という書き置きが見つかっている。