「イジリー岡田」の版間の差分

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| 受賞歴 =
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'''イジリー岡田'''(イジリーおかだ、[[1964年]]〈[[昭和]]39年〉[[9月23日]] - )は、[[日本]]の[[お笑いタレント]]、[[ものまねタレント]]である。本名'''岡田 昇'''(おかだ のぼる)。[[ホリプロ]]所属。身長170cm、体重76kg。[[既婚]]<ref name="sanspo20160719">{{Cite web |url=http://www.sanspo.com/geino/news/20160719/mrg16071905050002-n1.html |title=イジリー岡田、ハワイ婚!37歳ネイリストとギルガメッシュ |publisher=[[サンケイスポーツ]] |date=2016-07-19 |accessdate=2016-07-19}}</ref>
 
[[ホリプロ]]所属。身長170cm、体重76kg。[[既婚]]<ref name="sanspo20160719">{{Cite web |url=http://www.sanspo.com/geino/news/20160719/mrg16071905050002-n1.html |title=イジリー岡田、ハワイ婚!37歳ネイリストとギルガメッシュ |publisher=[[サンケイスポーツ]] |date=2016-07-19 |accessdate=2016-07-19}}</ref>。
 
[[東京都]]出身。実家は[[埼玉県]][[さいたま市]][[浦和区]]。[[浦和実業学園高等学校]]卒業。
 
== 略歴 ==
高校生の頃からお笑いが大好きで、[[萩本欽一]]に憧れ「[[欽ちゃん&香取慎吾の全日本仮装大賞|第6回欽ちゃんの全日本仮装大賞]]」に友人の代役として出場する<ref>ちなみに結果は不合格だったが代役であると告げるとお情けで合格となった。</ref>。[[学校法人東放学園|東放学園専門学校]]在籍時代にカメラアシスタントのアルバイトで番組制作に携わるが辛さに耐えかねて辞めてしまうた経験を持つ
 
萩本欽一に憧れていたこともあり、[[小堺一機]]、[[関根勤]]の下積み時代のライブにも裏方のアルバイトとして参加経験がある。素人時代に出場した[[フジテレビジョン|フジテレビ]]系列『[[ものまね王座決定戦|発表!日本ものまね大賞]]』での敢闘賞獲得が認められ、ホリプロにスカウトされる。高校時代の友人の奥山を相方に誘い、1987年にお笑いコンビ「'''キッドカット'''を結成した
 
ホリプロお笑い部門第1号として、多くの[[バラエティ番組]]オーディション大会で優勝するなど、実績を残し順風満帆に思えたが、[[生放送]]に寝坊を繰り返すといった相方の遅刻癖がホリプロで問題になり、相方が解雇に追い込まれ、お笑いコンビは強制解散させられた。1990年から[[ピン芸人]]として活動を始める。
 
コンビ時代から、ホリプロ所属の[[アイドル]]イベントで、[[前説]]や司会を担当していたことから、学習研究社(現・[[学研ホールディングス]])の[[月刊誌]]『[[Momoco]]』において、デビュー直後のアイドルと対談するコーナー連載が決定する。そこで[[ペンネーム]]を命名しようというすることになり、[[客いじり]]が上手いから『'''イジリー岡田'''』、連載のタイトルも『イジリー岡田のアイドルいじり』に決まる。最初はあくまでペンネームのみであったが、当該コーナーの人気が上昇すると所属事務所もその気になり、「お前、明日から『'''イジリー岡田'''』だぞ。問題ないよな?」と上司から電話で一方的に通告されて正式に芸名が決定してしまう。これに対しイジリーは「問題大ありですよ。そんな最低な名前、嫌に決まっているじゃないですか」と当時を振り返っている。
 
最初はあくまでペンネームのみであったが、当該コーナーの人気が上昇すると「お前、明日から『'''イジリー岡田'''』だぞ。問題ないよな?」とホリプロ側から電話で一方的に通告され、正式に芸名が決定した。
 
芸名に関してイジリーは「問題大ありですよ。そんな最低な名前、嫌に決まっているじゃないですか」と当時を振り返っている。
 
=== ギルガメッシュないと ===
強制改名して数週間後、[[ゴールデンタイム|ゴールデン帯]]進出を狙うための足掛かりに、[[深夜番組|深夜]][[お色気番組]]『[[ギルガメッシュないと]]』([[テレビ東京]]系列、1991年 - 1998年、土曜25時15分 - 26時10分)のレギュラーに抜擢起用される。[[萩本欽一]]を尊敬し、後輩には「[[下ネタ]]とか、[[裸]]になって[[笑い]]を取るのは卑怯だ。オレは一生下ネタなんて認めないし、やらない」と下ネタ嫌いを公言してい本人の気持ちとは裏腹に、[[憂木瞳]]と共演した「夜食バンザイ」や高速ベロが生まれた「ギルガメ治療院」などのセクシー企画が大ヒット。イジリーは自他ともに認める「日本一のエロタレント」のジャンルを確立することになる
 
萩本欽一を尊敬し、後輩には「[[下ネタ]]とか、[[裸]]になって[[笑い]]を取るのは卑怯だ。オレは一生下ネタなんて認めないし、やらない」と下ネタ嫌いを公言していた本人の気持ちとは裏腹に、[[憂木瞳]]と共演した「夜食バンザイ」や、高速ベロが生まれた「ギルガメ治療院」などのセクシー企画が大ヒット。イジリーは自他ともに認める「日本一のエロタレント」のジャンルを確立することになる。
 
*番組開始当初は、[[東京都区部]]のデートスポットや流行の映画・演劇等を紹介するお洒落な[[情報番組]]だったが、イジリーの出番だけは「[[AV女優]]のお宅訪問」であった。
 
*番組企画の一環として、1993年12月にはAV女優の[[憂木瞳]]と[[デュエット]]したシングルCD「マンゴ・ナタデ・ココ」([[ポニーキャニオン]])をリリースしている。ちなみにノーギャラであった。
*開始当初は、[[東京都区部]]のデートスポットや流行の映画・演劇等を紹介するお洒落な[[情報番組]]だったが、イジリーの出番だけは「[[AV女優]]のお宅訪問」であった。
*番組企画の一環として、1993年12月にはAV女優の[[憂木瞳]]と[[デュエット]]したシングルCD「マンゴ・ナタデ・ココ」([[ポニーキャニオン]])をリリースしている。ちなみにノーギャラであった。
*ギルガメと平行して、[[早見優のアメリカンキッズ]]に出演した経験から「ギルガメのイメージが強烈すぎて、[[ゴールデンタイム]]と朝昼の番組は出られなかったですよ!これは大変でしたね。日本芸能界史上初の売り難いエロタレントですよ。僕の出れる時間帯は、夜中の1時から午前5時なんですよ。」とイジリーは当時を振り返った。
 
=== ギルガメッシュないと終了 ===
『ギルガメ』終了後は、ホリプロの命令で下ネタの封印、子供向け[[特撮|特撮番組]]への出演や[[HiP]]のイベントの司会を務めるなどのイメージ改革に取り組むが、[[2001年]]に『[[FNS27時間テレビ#第15回(2001年)FNS ALLSTARS27時間笑いの夢列島|FNS ALLSTARS27時間笑いの夢列島]]』深夜枠『[[めちゃ×2イケてるッ!の企画#裏めちゃイケ(27時間テレビ)|裏めちゃイケ]]』で冒頭から[[陰核]]を連想させる[[ギャグ]]を連発する型破りな司会ぶりを契機に、本格的なエロ芸解禁となった。
*『ギルガメ』終了後もその影響は未だに根強い。[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]系列『まねキン』では[[東京臨海副都心|臨海副都心]]([[お台場]])に所在する[[パレットタウン]]、[[ヴィーナスフォート]]に[[ロケーション撮影|ロケ撮影]]での立ち入りをイジリーのみ禁止された。
* {{要出典|[[AV男優]]と誤解されることも多く、過去一度[[アダルトビデオ]]への出演オファーがあった|date=2019年2月14日}}。
 
=== 番組収録中に骨折 ===
1度離婚を経験している(相手や時期は不明)。52歳の誕生日である[[2016年]][[9月23日]]に14歳下のネイリストの女性と再婚し、ハワイで挙式した<ref name="sanspo20160719" /><ref>『ダウンタウンDX』2016年9月8日放送回より</ref><ref>『NOGIBINGO!7』2016年10月11日放送回「NOGI ROOM ~乃木坂46がパジャマで女子トーク~」第1夜より</ref>。
 
== 芸風 ==
基本的には、しゃべりやものまねを得意とするタレントである。『ギルガメッシュないと』に出演していたこともあり、「イジリー」という芸名は卑猥な印象を与えるが、「イジリー」は上述のとおり「素人いじり」「客いじり」(=観客などをネタにして笑いをとること)が上手いことから名付けられた芸名である。ちなみに、[[日本放送協会]]では芸名が使えず、本名の岡田昇で出演することが多い。『ギルガメ』出演時は、フジテレビ系列の『[[ものまね王座決定戦]]』に出たがっていたと言われるが、2010年時点では日本テレビ系列の『[[ものまねグランプリ]]』に出演中。
*『ギルガメ時代』に鍛えたのか、舌を異常に高速で上下させる「'''高速ベロ'''」が得意であるほか、「天才エロ芸人」の異名を持つ。実践ではなく練習して早くなった。髭を剃ってる時に思いついた。
*『[[がんばれ!エガちゃんピン]]』では、江頭2:50と高速ベロ対決を行った。連射測定器のAボタンを10秒間に何回舌で押せるかというもので、江頭2:50は10秒間に37回を記録した。この記録を聴いたイジリーは「あっそう…じゃあ軽くそれ以上にしますわ」と発言。見事'''10秒間に71回'''の記録を叩き出し、江頭との対決に勝利した。
* [[テレビ朝日]]系列の深夜バラエティトーク番組『[[雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!|アメトーーク!]]』では女性ゲストの楽屋にスペアキーで開錠して入り、ゲストの私物を物色し、食べかけの弁当を食べる等のお決まりの役割を果たしている。その結果、苦情と賞賛が殺到したことがある。男性相手にやったのは[[ブラックマヨネーズ]]が初めて。[[吉田敬]]はやられて喜んでいた。しかし、普段は下ネタが嫌いで真面目な性格であり、芸能界を目指したのも下ネタを一切使わない[[欽ちゃん劇団]]に入りたかったことがきっかけである。番組で共演した[[南海キャンディーズ]]の[[山里亮太]]には「俺のエロは養殖だよ」と漏らしたという。
* [[1994年]]から[[1996年]]にかけ、[[中京テレビ放送|中京テレビ]]制作・日本テレビ系列の早朝の子供向け英会話番組『[[Hayami English Network]]』に、[[ニワトリ|めんどり]]の[[着ぐるみ]](キャラクター名は、番組名の頭文字と雌鶏(英語で"hen")をかけて「HENちゃん」という)で登場していたことがあったが、エロ芸人の芸風は番組の対象視聴者を考慮し封印されていた。
* 「劇団東京アンテナコンテナ」に所属し、舞台活動などや、同劇団の若手公演の脚本・演出も行っている。
 
=== ものまねのレパートリー ===
 
なお、歌唱も上手と言われている(2014年9月3日放送のTBS『水曜日のダウンタウン』の「モノマネ芸人に音痴いない説」で歌声を披露した)<ref>{{Cite web|url=http://datazoo.jp/tv/%E6%B0%B4%E6%9B%9C%E6%97%A5%E3%81%AE%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3/783975|title=TVでた蔵「2014年9月3日放送 水曜日のダウンタウン」|publisher=[[ワイヤーアクション (企業)|ワイヤーアクション]]|date=2014-09-03|accessdate=2015-05-20}}</ref>。
 
== 芸風 ==
基本的には、しゃべりやものまねを得意とするタレントである。
 
「イジリー」は上述のとおり「素人いじり」「客いじり」(観客などをネタにして笑いをとること)が上手いことから名付けられた芸名だが、卑猥な印象を与える為に[[日本放送協会|NHK]]では芸名が使えず、本名の岡田昇で出演することが多い。
*『ギルガメ時代』に鍛えたのか、舌を異常に高速で上下させる「'''高速ベロ'''」が得意であるほか、「天才エロ芸人」の異名を持つ。実践ではなく練習して早くなった。髭を剃ってる時に思いついた。
*『[[がんばれ!エガちゃんピン]]』では、江頭2:50と高速ベロ対決を行った。連射測定器のAボタンを10秒間に何回舌で押せるかというもので、江頭2:50は10秒間に37回を記録した。この記録を聴いたイジリーは「あっそう…じゃあ軽くそれ以上にしますわ」と発言。見事'''10秒間に71回'''の記録を叩き出し、江頭との対決に勝利した。
* [[テレビ朝日]]系列の深夜バラエティトーク番組『[[雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!|アメトーーク!]]』では女性ゲストの楽屋にスペアキーで開錠して入り、ゲストの私物を物色し、食べかけの弁当を食べる等のお決まりの役割を果たしている。その結果、苦情と賞賛が殺到したことがある。男性相手にやったのは[[ブラックマヨネーズ]]が初めて。[[吉田敬]]はやられて喜んでいた。しかし、普段は下ネタが嫌いで真面目な性格であり、芸能界を目指したのも下ネタを一切使わない[[欽ちゃん劇団]]に入りたかったことがきっかけである。番組で共演した[[南海キャンディーズ]]の[[山里亮太]]には「俺のエロは養殖だよ」と漏らしたという。
* [[1994年]]から[[1996年]]にかけ、[[中京テレビ放送|中京テレビ]]制作・日本テレビ系列の早朝の子供向け英会話番組『[[Hayami English Network]]』に、[[ニワトリ|めんどり]]の[[着ぐるみ]](キャラクター名は、番組名の頭文字と雌鶏(英語で"hen")をかけて「HENちゃん」という)で登場していたことがあったが、エロ芸人の芸風は番組の対象視聴者を考慮し封印されていた。
* 「劇団東京アンテナコンテナ」に所属し、舞台活動などや、同劇団の若手公演の脚本・演出も行っている。
 
== 人物 ==
*[[三沢光晴]]のものまねをすることからも分かるように[[プロレス]]ファンとしても知られ、[[2005年]][[7月18日]]に開催された『[[プロレスリング・ノア 東京ドーム大会]]』には弟と来場した。また、 [[2006年]][[3月21日]]に開催された[[全日本プロレス]]のファン感謝デー興行で、三沢光晴に扮して[[小島聡]]と[[タッグチーム|タッグ]]を結成。[[武藤敬司]]・[[神奈月]](神奈月は武藤敬司に扮して登場)と本物のプロレスの試合を行った。
*2009年6月13日、試合中の[[リング禍]]により三沢が急死。その後イジリーは同年7月4日ディファ有明にて行われた献花式「三沢光晴お別れ会~DEPARTURE~」に出席した。この時イジリーは記者からインタビューを受けたが、悲しみのあまり記者の最初の質問には中々答えることが出来ず、約1分以上涙を流しながら黙りこくってしまってい。しかしその後は立ち直り、三沢との出会いやものまねなどについて淡々と語っていた。また、今後自身が行っていた三沢のものまねに関しては「これからものまねをね、するのかしないのかは、今の段階ではまあ、全く決められないことで、封印するのか続けるのか...でも多分僕、三沢さんにコスチュームを作っていただいたその、コスチュームを着る精神状態になれない限りは、多分出来ないんじゃないかと思いますけどね...。」と述べ、事実上封印する事を明かした。なお、このインタビューの模様は[[YouTube]]内に動画があり、視聴する事が出来る<ref>[https://www.youtube.com/watch?v=qw-JrFxcOmI 三沢光晴お別れ会 イジリー岡田インタビュー ]</ref>。
*インターネット番組『[[内村さまぁ〜ず]]』に初めてゲスト出演した際、[[駄洒落|ダジャレ]]が大の苦手であることが露呈した。その後、ゲスト出演した際にはリベンジ企画が行われたが、結果は惨敗であった。
*好きな女性のタイプ1位は、好物である[[チャーハン]]を上手に作れる人である。ちなみに2位はたれ目。
*出演したテレビ番組で、自分の学生の頃の写真を出されて「元祖[[アキバ系]]だから」と発言していた。
*[[B'z]]の[[稲葉浩志]]と生年月日が全く一緒(1964年9月23日生まれ)である<ref>2014年3月29日放送の[[NOGIBINGO!|NOGIBINGO!2]]最終回ではそのエピソードを逆手に取り、EDでB'zの「[[ultra soul]]」を熱唱していた(ただし、若干歌詞を間違えていた)。</ref>。
*『ギルガメ』でスケベなキャラとしてブレイクした反面、内心では下ネタが嫌いと公言している。
 
=== AKB48 ===