「連合国 (第二次世界大戦)」の版間の差分

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9月13日、イタリア軍はイギリスの保護領[[エジプト王国]]を攻撃し、[[北アフリカ戦線]]が形成された。11月28日にはイタリアの統治下にあった[[イタリア領東アフリカ]]が連合軍によって占領され、[[エチオピア帝国|エチオピア]]では皇帝[[ハイレ・セラシエ1世]]の統治が再開された。同月には[[デンマーク]]も日独伊三国同盟に加盟した。
 
12月8日、日本が[[マレー作戦]]及び[[真珠湾攻撃]]を開始し、イギリス(オーストラリア、カナダ、南アフリカ、ニュージーランドを含む)とアメリカに宣戦布告、開戦した。<ref>敵国及断交國一覧表(改訂)(昭和19年11月30日現在),条二普通合第247号「敵国及断交國一覧表送付ノ件」,外務省条約局第二課 ([https://www.jacar.archives.go.jp/das/meta/B02032448100 大東亜戦争関係一件/各国ノ態度 第一巻]に収録)</ref><!--以下事実無根につきコメントアウト--><!--(なお[[宣戦布告]]はされていない。これは天皇大権であって政府には出来ない。一部で昭和天皇の開戦詔書がそうだということにされているがこれは国内向けで誤り)-->[[第二次上海事変]]以来日本と交戦状態にあった([[支那事変]]/[[日中戦争]])中華民国も連合国として続けて日本と戦うとともに、ドイツとイタリアとの間にも宣戦布告をし連合国側に加わった。その後ドイツとイタリアもアメリカに宣戦し、戦域はほぼ全世界に及ぶ事となった。12月26日からは[[ワシントンD.C]]で[[アルカディア会談]]などの会議が開催され、連合国側で参戦していた26カ国による宣言が準備された。
 
=== 1942年 ===