「内藤剛志」の版間の差分

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サックスでジャズミュージシャンを志望し飯田ジャズスクール<ref>{{Cite web|title=内藤剛志の若い頃は?現在の年齢は?事務所は?安達祐実と?出演ドラマ映画は?|url=https://koimousagi.com/22382.html|website=こいもうさぎのブログ|accessdate=2020-04-08|language=ja}}</ref>に入学するために上京。しかし入学直後にその道をあきらめ[[日本大学]][[芸術学部]]映画学科へ入学<ref name="suppin">NHKラジオ、すっぴん!、2013年5月22日放送</ref>。それと同時に、同級の[[長崎俊一]]と[[自主映画]]の制作を開始。『獏をぶっ殺せ』『造花の枯れる季節』など、長崎作品の主演を多数務める。
 
[[文学座]]研究所を経て、一般の映画としては[[1980年]]、『[[ヒポクラテスたち]]』でデビュー。以後、[[テレビドラマ]]、[[映画]]を中心に活動、地道に芸能活動を続ける。80年代は[[刑事ドラマ]]などで[[悪役]]、犯人役を演じることが多かった([[あぶない刑事]]など多数出演)が、[[1991年]]10月に『[[ホテルウーマン]]』([[関西テレビ放送|関西テレビ]])に同郷出身の[[沢口靖子]]演ずるホテル従業員の上司として出演し、[[1992年]]10月開始の『[[ウーマンドリーム]]』(関西テレビ)に[[裕木奈江]]演ずるアイドル歌手の事務所のマネージャー役を演じた。[[1994年]] - [[1995年]]の[[日本テレビ放送網|日本テレビ]]ドラマ『[[家なき子 (1994年のテレビドラマ)|家なき子]]』では、安達祐実が演ずる主人公をいじめる酒浸りの父親役を演じ、同作品が高視聴率の話題作となったことで知名度が上がった。1995年1月(味いちもんめ) - [[2001年]]9月(金田一少年の事件簿)にかけて、27クール(6年9か月・81か月)連続で[[連続ドラマ]]に出演という日本新記録を樹立し、同時期に2つのドラマを掛け持ちで出演するなど、主演・助演問わずドラマに欠かせない存在となり、「'''連ドラの鉄人'''」と呼ばれるようになった<ref name="oricon2016-02-19">{{cite web|url=http://www.oricon.co.jp/news/2067121/full/|title=内藤剛志、刑事ドラマ33作目は連ドラ主演 沢口靖子もエール|publisher=ORICON STYLE|date=2016-02-19|accessdate=2016-02-19}}</ref>。
 
1991 映画『[[昭和鉄風伝 日本海]]』1995 ドラマ『[[人生は上々だ]]』([[TBSテレビ|TBS]])などで[[浜田雅功]]と共演したことがきっかけとなり、同じ関西出身の浜田と親交を持ち、浜田を「師匠」と呼ぶ仲になる。[[1996年]]10月から『[[女神の天秤]]』(TBS)で[[関口宏]]と司会を担当、タレント活動を開始。[[1998年]]4月からは浜田とともに『[[人気者でいこう!]]』([[朝日放送テレビ|朝日放送]])にレギュラー出演し、「芸能人格付けチェック」コーナーの人気もあり、さらに広い層にまでその存在が知れ渡った。[[2000年]] - [[2001年]]に放送された土曜昼前の生放送[[情報番組]]『[[ウォッ!チャ]]』([[フジテレビジョン|フジテレビ]])、[[2001年]] - [[2002年]]の『[[リアルタイム (テレビ番組)|リアルタイム]]』([[MBSテレビ|毎日放送]])、その他にも[[2005年]] - [[2006年]]の『[[音遊人]]』([[テレビ東京]])、2006年10月から2019年9月まで生放送番組『[[スタイルプラス]]』([[東海テレビ放送|東海テレビ]])の司会を担当。さまざまなバラエティ番組・情報番組(特に司会業)に出演している。