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『'''哲学探究'''』(てつがくたんきゅう、{{lang-de-short|''Philosophische Untersuchungen''}})は哲学者[[ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン]]によって執筆され、死後の1953年に[[エリザベス・アンスコム|アンスコム]]と[[ラッシュ・リーズ|リース]]によってまとめられた遺稿が出版された著作である。
 
ウィトゲンシュタインは『[[論理哲学論考]]』で示した前期の思想を1933年の『[[青色本・茶色本|青色本]]』と『[[青色本・茶色本|茶色本]]』で転換した。本書『哲学探究』は後期ウィトゲンシュタインの思想が示されている代表的な著作であり「[[言語ゲーム]]」や「[[家族的類似性]]」、「規則にしたがうこと」「[[私的言語]]の不可能性」「[[志向性]]」等の重要な概念について考察されている。かつて『哲学探求』とも訳されたが、原語をそのまま訳すると、「哲学的研究」が最も近いものとなる。日本語訳者がその表現を嫌い、「哲学研究」と訳したもので発表しようとしたものの、研究より探求のほうがよいのではないかと迷い、その結果まず研の文字だけ直したものが定着したという逸話を持つ。
 
ウィトゲンシュタインは言語ゲームの概念によってあらゆる問題が分析できることを示している。世界とは物によって成り立っている世界ではなく言語ゲームによって成り立っており、既に価値や行為が言語と結合して存在していると考える。ウィトゲンシュタインは言語が完全に独立して存在することはできず、あらゆる語は何らかの言語ゲームにおいて使用されることで意味を持つ。ここに家族的類似性を見出すことが可能であり、ウィトゲンシュタインは従来の哲学で議論されてきたような行為や認識の主体を定義することなく、言語ゲームの中でおのずと感覚や感情、理解や信念が発生するものと捉えた。さらにウィトゲンシュタインは規則の問題について発見している。それは文法は言語の使用を決定できない、という命題に関する問題である。ウィトゲンシュタインの見解によれば、言語ゲームにおける言語の使用には何の根拠もなく行われるものである。つまりある特定の言語の使用が文法という規則に従うことも逆らうこともない。後から規則に従っている、または逆らっていると言うことは可能であるが、本質的に言語行為は規則から発生しているわけではない。このようなウィトゲンシュタインの立場はこれまでの哲学の研究にまったく異なる視点を提示している。ウィトゲンシュタインはこのような哲学的考察によって破壊できるものは「単なる幻影」と述べており、この幻影を破壊することによって言語の根底を明らかにすることが可能となると論じている。